蝶 々 結 び【 ヒプノシスマイク 】

僕 は 君 を 愛 せ な い 【 伊弉冉一二三 】 ページ2

「 僕は君を愛せない 」




僕の声が二人だけの空間に響く。
スーツの裾をぎゅっと握ると、少しだけ心臓の音が静まった気がした。
帰宅したばかりと言っていた目の前の彼女は、今すぐにでも手に持つ鞄を落としそうだった。
「どういう意味ですか」と僕の目をみるAに、事実を説明しなければいけないと思うと胸が痛む。



Aは常連客の一人だ。
毎回僕のことを指名してくれて、満足気に帰っていく。
それだけで僕は嬉しかったし、だんだんと彼女に惹かれていくようになった。
彼女も、僕に惹かれていた。

相思相愛だった。

両想いだった。

愛し合っていた。

だけど、それなのに。 そうだったはずなのに。
スーツを脱げばいつもの僕で。
彼女への想いは一切ないし、ましてや彼女の事を恐れてしまう。
街中で見かけても逃げてしまうし、視線が絡めば他人ぶって目を逸らす。

スーツを脱いだ僕はただの最低な奴だった。

それでも彼女は僕の事を愛してくれた。

好きと言ってくれた。



僕だって、スーツを着ていれば彼女への想いは蘇る。
だけど、僕はこのまま彼女を愛せない。 愛してはいけない。
これ以上、好きになることはできないから。


「 女性恐怖症…なんだ 」


彼女はそう呟いた僕を驚いたような表情で見つめる。
本当は愛したい。 今すぐにでも抱き締めたい。
だけど、 だけど。


「 僕は君を愛せない 」


こんな時にでも、月は綺麗に輝いている。




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