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「…」
ソファーで足を投げ出すように身体を横たえる。頭の中では、先程Aに言われた言葉が巡っていた。
「特別だと?」
あれが?ただの人間だ。少し毛色の違うだけの存在。それが特別だと?
戯言だ。身の程を弁えない人間の。なのに何故、あいつの言動にこうもイラつく?
「…愛情…親愛…」
どちらも無くした感情だ。
吸血鬼になり、永い時を生きていく上で消え去った感情。だから持っているはずがない。有り得ない。
ー私に情を移さないでください。
私を拒絶するように彼女はそう言った。
その美しいアメジストの瞳が明確にそう語っていた。
Aが誰に対しても心を開いていないのは分かっていたし、理解も出来る。
私は吸血鬼で、彼女は人間だ。捕食する側とされる側だ。警戒するのは当然だろう。
ーウルド様。
…それでも、自分には…と考えてしまう私がいるのも事実なのだ。
なんなんだ、これは。何故そう考える。
「…」
クルルについて行きたいと言ったらどうする?いや、あいつには何も権限はない。言ったところでどうにもできない。それに、クルルだって私より下位だ。逆らえない。
なのに、もしもAがそれを本当に望んで、私の側から消えると考えたら…酷く、心が騒めく。何にも靡かないはずの心が、あいつには動かされるのは何故だ。
「…」
____…分からない。
こんな感情は知らない。あるいは忘れてしまった。
久しく触れていないものだ。だから、それが何なのか私には分からない。
ーウルド様。
瞼を閉じれば淡い笑みを浮かべて私の名を呼ぶAが脳裏に浮かぶ。
私をまるで恐れず、堂々とした佇まいで私を見上げる彼女を飽きることなく側に置いたのは何故だ。すぐに捨てるか、拷問して何者なのか吐かせるつもりだったのに。
なのに何故、その落ち着いた声で私の名を呼ばれることが、いつからか心地よいと思うようになっていたのか。もっと呼んで欲しいと。偽りではなく、心から笑って欲しいと。美しいあのアメジストの瞳で私を、私だけを見て欲しいと。…その心を占めたいと。
「…A」
と、彼女の名を口にすれば形容しがたいものが…だが胸の奥を甘やかに温めるものが込み上げてくる。
そういえば、戯れに本を読んだことがある。それには今の私と似たような心情を持つ人間が描かれていた。
_____ああ…これではまるで。
「…は」
なんて愚かな感情だ。だが、不快感が消える。
そうか、私は… Aがーーー
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作者名:レイ | 作成日時:2021年5月2日 22時