秘密の共有9 ページ37
混雑防止のため、滞在時間は15分と決められていた。
沖矢さんはとっくに飽きて、後ろの方で壁にもたれて別の宝石を見ていた。
「あら、もう行っちゃうの? たった15分なんて、足りないと思わない?」
時間がたったから部屋を出ようと思ったら、いつの間にか隣に立っていたすらりとした美女に呼び止められた。
「でも、足りないくらいがいいんですよ、きっと」
考える前に唇が動いていて、自分で驚く。
足りないからもっともっとと求めてしまうけれど、最初から満たされていたらこんなに求めただろうか――。
宝石の話をしているはずなのに、ふと恋人のことが頭をよぎる。
恋に飽きっぽい私にはこのくらい歪な世界がちょうどいいのかもしれない。
「あら、欲がないのね」
女性の艶のある声が私を現実へと戻す。
「ビッグジュエルだったら十分堪能したのでもう――」
不意に女性がごく自然に私の耳に顔を寄せた。
「どうして連絡くれないんですか? とはいえ、本当に来ていただけるなんて光栄です。せっかくなら盗む瞬間に立ち会って欲しかったけど、贅沢はいえませんね。
そうそう、宝石を手にしたいならいつでも言ってください。きっとあなたにぴったりですよ、お嬢さん」
――え? キッド君――?
信じられない。
どこからどうみても女性なのに、耳に寄せられて囁かれたその声は、怪盗キッドの声だった。
驚きのあまりぼうとしたのはほんの一瞬だったはずなのに、振り向けばもう彼女の姿はどこにも見えなくなっている。
「どうかしました?」
沖矢さんが心配そうに駆け寄ってきてくれた頃には、笑顔を浮かべる余裕ができていた。
「ううん、隣の人にもう時間よって教えてもらっただけ。付き合ってくれてありがとう。外に出よう?」
手を伸ばして、沖矢さんの手を掴む。
おや、と、彼は一瞬驚いた顔をしたが私の気が変わらないうちに、と思ったのだろう。そのままメインの提示室を後にした。
次の部屋にも見ごたえのある宝石はたくさん展示されていた。
宝石にさほど興味のなさそうな沖矢さんに
「退屈だったら外で待っていてもいいよ?」といえば
「何かに夢中になっている君の横顔を見ている分には一向に退屈しないから問題ない」と耳元で囁くから、うっかり顔が朱に染まる。
これが落ち着くまでは、明るい屋外へ出るわけにもいかず、私は沖矢さんの手を離して宝石を眺めて心を落ち着けた。
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作者名:まつり | 作成日時:2022年11月8日 10時