秘密の共有2 ページ30
「あれ? ジェイムズは?」
お昼休み終わっちゃう……よね?
「帰りましたよ」
不安そうな私を宥めるように、沖矢さんはにこやかに笑う。
「うそ? 後で戻ってくるって言ったよね?」
いくらなんでも、今更英語を聞き間違えたりはしないと思うんだけど。
「私の上司なので、きっと私の願いを聞き入れてくれたのかと」と、ようやく気付いたのかと言わんばかりに甘く笑って距離を縮めてくるのずるい。
「事務所に置いていた私の荷物は?」
「これで全てですか?」って、さっきジェイムズが持っていた段ボールを開けるのどうかと思う。
何それ、私の私物が入ってたの? 手品か!
私は恐る恐る段ボールを覗き込んだ。確かに私が今日持ち込んでいて持ち帰らなければいけないものはここに全部そろっている。
「ええ、それで全てです……」
「あなたのことはよろしくと託されたので心配いりませんよ」
――勝手に託さないで!
言われてみればここに来るまでの車の中でジェイムズから「今日の仕事全部終わったんですか? 早いですね」(意訳)って確認された気もする。
詰めが甘いのは私の方か。
「出かけましょう」と沖矢さんは荷物をしまいながら言う。
「どこに?」首を傾げる私に、沖矢さんはにっこり笑う。
「ああ、本当に全然話を聞いてなかったんですね。
――素直ないい子だ」
細めていた瞳を開き、普段は隠している美しい緑色の中に私を閉じ込めるから心臓がどきっと大きな音を立てて跳ねた。シュウのその態度は、今まで私の身体を薄い膜のように纏っていた、沖矢昴に対する他人行儀な態度や警戒心を一瞬にしてとろりと溶かしきってしまう。
そうやって急にシュウになって距離を詰めて、私の心を掴んでいくのすごくずるい。
そうして、私はそんな彼の優しさがとても嬉しいのと同時に、彼の身を心配してしまう。
現状だと、私が大好きな人とずっと一緒に居たい気持ちと、大好きな人の命を守りたい気持ちは、どうしても同時には成立しない。
シュウと一緒に居て私の気持ちを満たすことは、同時にシュウの生存じたいを脅かす。
だから一緒に居たくないと何度言っても、沖矢さんはそれを聞き入れてはくれなかった。
「そろそろ会議室のレンタル時間が終了します。いつまでもここにはいられません」
おいでと伸ばされた手を握る。このぬくもりを、部屋を出ると同時に離さなければいけないとわかっているから、私は余計に彼の手を愛しく感じてしまうのかもしれなかった。
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作者名:まつり | 作成日時:2022年11月8日 10時