新たな日常10 ページ6
でも、そんなこと言おうものなら――零は対抗心を燃やして余計なことを始めそうなので黙っておく。
私が好きな食べ物を考えながら楽しそうに食材を選んでいる姿は、零としか楽しめない。段取りよく美味しい料理を作って、振舞ってくれるのも零ならではだ。
「すごく美味しかった――っありがとう、零」デザートまで全部食べて、久しぶりに私は食事をきちんと口にしたと実感する。
「良かった。やはり君には毎日食事を作ってあげなきゃだめだな」
すぐに瘦せてしまう、と、あっという間に食器を片付けた零はため息をついて、いまだテーブルの傍に座っている私を後ろから抱きしめた。
「そうだよ? 零が料理してくれないと私ろくなもの食べないんだから。5日間に私が食べたもの教えてあげようか?」
「チョコレートとアイスクリーム?」私の好きなお菓子、いつの間にか零も知っていた。
「あと、カクテル。もちろん、フルーツが乗ったやつね?――あ、でもパンは何度か食べたよ? ちゃんとほら、タンパク質とか野菜が挟んである系の」
後はコーヒー。今週の火曜日の夕方以降に口にしたものは、それで全部だ。
ぎゅうと私を抱きしめた零はため息をつきながら頭に、首筋にキスをする。
「何か困ったことはなかった?」
「あったよー。あった……でも、もういい」
「良くない。――本当のことを言うと、佐藤刑事から話を聞いた。また君を怖い目に合わせてしまったんだな――。ごめん。迎えに行けばよかった。来週はそうする」
「でももう、タクシーで帰るようにしたからきっと平気――だけど、零が来てくれるならすごく嬉しい。できる限り定時で上がるね? たまに、別の場所から直帰するときあるからその日だけ事前に伝えておく。その時はタクシーで帰る」
「わかった。そのようにしよう。もしも、僕が夜家に居られない時も――ここで寝る? 君が望むなら自由に入って」
「本当に?」
「もちろんだ。見られて困るものも何もない。最初からそう言っておいてあげればよかったな」
「うん――私が聞けばよかった」
なにせ、電話で話が聞ける距離に居るのだ。身体を横に傾け零の首に手を回して、唇を重ねる。
届かないものを探すんじゃなくて、最初から、ここにあるものに手を伸ばすべきだった。
零の胸に顔を埋め息を吸い込む。零からはいつだって、バーボンや煙草みたいに不健康な香りとは程遠い、清潔で美味しい匂いがした。
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作者名:まつり | 作成日時:2022年10月6日 10時