CHAIN OF LOVE ２

過去〜回想〜 Ki ページ36

瑞希を抱きしめて眠った翌朝、瑞希が俺に言った。

「太ちゃんの前で死ぬのも、独りで死ぬのも嫌、怖い。結婚式だってしたいしお嫁さんにだってなりたい。１年付き合ってくれたお礼は父に話すから」

瑞希の言いたいことは全て理解った。

これは取引だ。

「俺でいいの？」

「宏にしか頼めない」

瑞希もまた俺の性格をよく理解っていた。

藤ヶ谷と俺の間に流れる緊張感とも言うべき繋がりと溝すら。

だから俺は結婚を決意した。
めちゃくちゃに抱いてと泣いてせがむ瑞希を抱きしめながら。

たった２５年で余命宣告を受けた瑞希の悲しみと苦しみと絶望を思えば、偽装結婚ぐらい大したことない気がして。

愛する人と何十年も寄り添って生きていけるはずだった人生を直前で絶たれ、残りの人生でさえ記憶を失っていく恐怖と共に生きていかなければならない瑞希。

自分だったらと考えると気が狂いそうだった。

「宏、もっと...もっと抱いて」

細い腕が俺の首に回される。

藤ヶ谷、ごめん

瑞希の身体を抱え起こして、キスをしながら瑞希の中へ入り込んだ。

本当の恋人同士のように。

この行為が瑞希が藤ヶ谷を断ち切る為の儀式だと俺には分かっていたから──


＊


副社長には全てを話し、俺と瑞希は結婚した。

最初は希望を全く持たなかったわけではなかった。
保険適用外の治療も積極的に取り入れ、当初の予想だった余命１年を過ぎた時、瑞希は家で普通に暮らせる程回復していた。

けれどそれが根治ではなく、小康状態であるだけと知った時、俺と瑞希の希望は潰えた。

そして俺はA出逢ってしまった。

生まれて初めて本気で好きになった人。

何もかも捨てても手にいれたいと思ってしまう程の。

そんな身勝手が許されるわけがない。
俺には瑞希を看取る責任があるのに。

それでも。

逢う度に惹かれていった。
逢う度に、触れたくて、抱きしめたくて、抱きたくて。

けれど募る想いに反比例するように瑞希の記憶は失われていく。

脳転移の数は増え、あちこちに出来た腫瘍が瑞希の大事な記憶を奪っていく。

やがて俺のこともとうとう分からなくなった。
あんなに愛していた藤ヶ谷のことも。

一番大事な記憶を失った瑞希は、もう死んだも同然だった。

病室の瑞希を抱きしめながら、俺は涙が溢れて止まらなかった。

無性にAに逢いたかった。

このやりきれなさも、悲しみも、痛みも、そして責任も、独りで抱えるには荷が重すぎて。

Aに逢いたくて仕方なかった。

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