沖田総悟と病室101

32日目 ページ32

心のどこかで、必要とされていると夢を見ていた。
どこの世界に一人で生きていける人間がいるというのだろう。Aは眩しいくらい飾り立てられた部屋の、机の下で蹲っていた。目の前に置かれたのは良い生地と良い仕立てのロリータドレスだった。
嫁に出されたということは、自分は九石榴の一切に関わることができないということだ。自分の好きだった商品開発も、次期社長という座も、もう、手元にはないのだ。
どうして今。まだ結婚は先だと思っていたのに。どうしてだろう。彼女の脳みそは悲しみよりも冷たく冴えわたり、憎しみを込めた目で床の一点を見つめていた。
毒物を混入させたとして、その理由を結婚を早めるためとしよう。結婚せざるを得ない理由としては、社会的地位から見ても十分だ。しかしそれは頓挫した。自分が毒物の存在に気づいたからだ。そして、恐らく彼の存在、沖田総悟が絡んでいる。それで毒は使わなくなったのだろう。
やはり彼が退院したからか。あれでも有名な真選組の一番隊隊長だ。松岡に調べさせればすぐ調べがつくくらいに。彼らが恐るるべきお上の犬。ひと月もあれば自分が誰と仲良くしているかなんてすぐわかる。
本人の同意なしの結婚は法に触れる。お見合いでもなければ、親が用意しただけのものだ。冗談じゃない。
かなり弱くとも毒まで盛ったのだ、奴らなら書類を自分たちで作ることくらい鼻をほじることより容易い。
Aは机の下から這い出て、部屋を見渡した。裏切られた、捨てられたと悲しみに暮れている場合ではない。自分は、生きたいのだ。人形になりたくなんかない。ダッチワイフなんてお断りだ。天使にはなれなかったのだから、人間にくらいなりたい。
「…防音仕様の壁か。これは、防火剤の匂いか。…天井の高さは5メートルほど。登れない。窓は…通気口が、3つ。いや…地下だ。多分あそこは空気の流入口」
仮にここが地下だとすると、出入口はあの正面の扉か、通気口かしかない。そしておそらくだが、監視カメラや盗聴器もある、としよう。仮定こそ綿密に、疑って疑って、今の自分に自由はない。
さて、逃げ出すか、めちゃくちゃにしてやるか、両方か。
今はあえて逃げ出さなくていい。まだ甘い顔をしているだろうから、それにつけ込んでやる。
「Aさん、ご機嫌いかがですか」
「ええ、とてもよろしいですわ。ところで、護清十郎に会いたいのですが」
お前が潔癖な処女好きってことは、既に看破しているんだよこっちは。

33日目→←31日目

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す