あげない45 ページ1
「少しだけ、考えさせてください……」
小さい声で社長に告げる。
下を向いたまま顔を上げられない、社長の表情を見るのが怖い。
全部自分のわがままだ。
こうやって、今せっかくの大きな仕事をすると言えずにいることも。
……歌うことから逃げたことも。
ふと、頭に暖かさを感じて顔をあげる。
そこには優しい顔をした社長がいた。
「うん、じっくり考えなさい」
ああ、この人はどこまで優しいのだろう。
思わず涙目になった私の頭を目線を合わせながら、今度はくしゃくしゃと撫でる。
ついに涙はこぼれてしまった。
「泣くな泣くな〜」
その温もりに、その優しさに涙は止まることを知らない。
そしてそれに自分が甘えすぎていることも十分に理解している。
高校一年生からお世話になった人。
私を理解してくれている一人であり、私が頼りにしている人。
どれだけ感謝の言葉を並べれば足りるだろう。
どうやったらこの恩を返せるだろう。
そんなことを考えながら泣いていた。
それでも、前に進むという決意はできないままの自分が情けなくて仕方がなかった。
*
寮まで事務所の人が送ってくれた。
よく相談相手になってくれたり、面倒を見てくれたりした人で私が今の仕事に定着する前から今でもお世話になっている年上のお姉さん。名前は鈴木花音さん。
ご飯に行ったり、お出かけしたりと仲良くさせてもらっていて、社長と一緒で頼りにしている人の一人でもある。
「はい、着いたよ」
車を止めた花音さんが運転席から振り返る。
「ありがとうございました」
微笑み、一礼して車をでる。
窓を開けた花音さんが「またご飯行こう。私がおごるから」と笑顔で誘ってくれた。
それに私も心からの笑顔で答える。
花音さんがこうやって誘ってくれるときは私が何かに悩んでいるときが多い。
花音さんなりの気遣いなのだ。
「ぜひ、連れてってください」
二人そろってくすくす笑う。
それじゃと踵を返して寮に足を向けたとき
「A」
「私は、貴方の歌が好きよ」
振り返らなくてもわかる。きっと彼女は今眩しいくらいの笑顔だ。
待つのが社長なら、彼女は私の背中を押す役割。
「ありがとうございます」
振り返ることのできなかった私はきっとどうしようもないくらいの弱虫だ。
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ゆうくんのストーカーのストーカー - す、すごいとこで止めるじゃねぇですか...面白いです!更新頑張ってください!無理の無い程度で良いので! (2018年4月8日 6時) (レス) id: c392d9b03c (このIDを非表示/違反報告)
凖様大好き - 面白かったです!続き待ってます。 頑張ってください! (2017年8月4日 14時) (レス) id: 3dc5b5c194 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:しらうお。 | 作成日時:2017年3月21日 0時