【文スト】 中 原 夫 人 (仮)【中原中也】

Twenty-sixth. ページ26

息を吐いたら、もう何も無かった。
その感覚は何時かの渇きによく似ていた。




「Aちゃん……っもうやめて……もう………“みんな死んじゃってるから”……っ」



少女が泣いている。
恐怖だけを灯して、私を見ている。
私は、そうしてやっと、震えた。
恐怖心を吐き出し、涙が盛り上がるのがわかった。

止まらない、震えが。
恐ろしい、私が。
何が起きたのか分からない。
分かるけど、分かりたくない。
冷たい銀に流れる熱い赤が腕を滴るなんて、きっと悪い夢なのだ。



＿＿＿＿刹那。
気配を感じた少女は、引き倒される直後に再び銀を構えた。


散らばった亜麻色に、赤が絡まる。
その喉に突き立てた銀から細い腕に、赤が流れる。
少女のじゃない。混ざりあった赤が。





「……どうしたの？殺せば？
それとも殺せない？彼の人の顔じゃ、殺せない？

こんなにあっさり15人も殺したのにネ」




カタカタと情けなく震える手を、青年が、中原中也が強く掴み、切っ先を自分の頚動脈に向ける。
殺せ、と言わんばかりに。
その蒼は彼の人じゃない、その気になれば直ぐにその喉を掻っ切ることが出来るのに。

橙色の前髪が、額にかかる。
至近距離でも、身体が動かない。
早く、早くしないと、私が、私が殺されるのに。




「殺せないんだ。可愛いネ。
壊れていくのを見るのも素敵だけど、愛しい人の顔をした俺に何も出来なくて泣きそうな君も素敵」




＿＿＿＿その顔で優しく笑わないで。
＿＿＿＿優しい言葉なんてやめて。
＿＿＿＿何時もの荒々しい口調がいいの。
＿＿＿＿何時もの、不機嫌な眼差しがいいの。
＿＿＿＿私を守ると言った、
＿＿＿＿あの日の貴方じゃなきゃ駄目なの。




唇に息がかかった。
もう力の入らない腕と、熱くなった身体では抵抗できない。
彼の人にされるみたいで、抵抗できない。



そうして、
私はやっと、
胸を締め付けられる衝動の名前を知った。




＿＿＿＿こんなの、知りたくなかった。




こんな私なんて、知りたくなかった。
弱い私なんて、狂った私なんて。
彼の人に＿＿＿＿支配された私なんて。





パンッ＿＿＿＿




「ぐっ……ぁあっ…」

「A！！！！」





＿＿＿＿知りたくなかった。



力強い腕も体温も。
既に覚えてしまっているなんて。
きつく閉じ込めるような抱擁じゃなくて、壊れそうに優しいのだって。





「無事で、よかった……っ」





そう言って、きつく抱き締める腕に縋った。

Twenty-seventh.→←Twenty-five.

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す