三十五。 ページ40
「だから近寄らないで下さい。臭いが移るでしょう」
太宰は坂口の言葉を聞かなかった。
坂口は苛立ちがピークに達したのか、三人をキッと見る。
「大体貴方達何です、仕事の邪魔ばかりして、僕は忙しいんです！ あと臭い！ 腐った佃煮の臭いがする！」
「ええ？ いいじゃないか、腐った佃煮でも。それにあれだよ、腐った佃煮は日本酒と合うんだよ」
「うん、合ってた」
「そうなのか。知らなかった」
悪戯っぽく笑い乍ら云う太宰。
真顔で、しかし声は確実に揶揄う調子で云う瑞香。
其れを素直に受け取ってしまう織田。
坂口には、此の光景が亜空間の様に見えた。
「そんな訳ないでしょう！ 堂々と嘘をつかないで下さい！」
「ええと、その……じ、実は腐った佃煮って……イケてるよ？」
太宰が頬を染め乍ら云う。
「恥ずかしがり乍ら嘘をつけという意味ではない！」
坂口が手を強く握る。
瑞香は坂口に近寄り、少し笑いを浮かべた顔をずいっと近付けた。
坂口が鼻を摘まむ。
「イケる」
「だから堂々と云わないで下さい！ 何です、本当にあるんですか！？」
若干鼻声になり乍ら、坂口は云った。
瑞香は眉を上げ、信じられない様なものを見る目つきで云った。
「否、ないよ？ 何云ってるの？」
「何ですか、本当に！」
「そんな話をされると酒が飲みたくなった」
織田が唐突に云う。
「いいねぇ。じゃあ何時もの店で。この会計士見習い君も連れていこう。いいよね？」
「ああ」
「うん」
太宰の提案に、織田と瑞香は首肯く。
「だから僕は忙しいんであって＿＿」
「彼を忙しさから解決する方法が一つある。我々が思い切り抱きつけば、臭いと泥と油が塗ったくられて、今日はもう物理的に仕事にならなくなる！」
太宰の提案に、織田と瑞香は坂口に近寄り始めた。
坂口は青ざめていく。
「何を云うんです！ 脅す気ですか！」
「新入り君、マフィアは脅しなどしないよ。唯凶行あるのみだ」
太宰は楽しそうに笑う。
「織田は右から。太宰は左から。私は後ろから」
「判った」「了解」
三人はじりじりと近づく。
「……こんな美少女に抱きついてもらえるんだよ？ 嬉しいよね」
「自分で云わないで下さい！ あ、ちょっと待っ、これは一張羅で、やめ、怒りまっ、うおああぁー！？」
そして坂口は三人に抱き付かれた。
……危機的状況になっても、突っ込みは辞めない坂口であった。
＊＊＊
其の後、四人は酒場に行ったのであった。
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作者名：日之静海 | 作者ホームページ：
作成日時：2018年9月13日 21時
