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第八百六十九訓 愛し愛しきのバレンタイン ページ33

彼女の作ったチョコカップケーキを奪おうとしたその時。


「オイ」


不意に背後から声をかけられ、首根っこを乱暴に掴まれる。

それから引っ張られて、地面に強く倒された。


「な、何だ!!」


顔を上げると、そこには少女が立っていた。

背中辺りまである銀髪を簪でまとめる彼女の表情は、太陽を背にしているせいであまりよく見えない。

ただし、彼女の纏っている真選組の服装と肩に担いでいる金属バットを見て、嫌な予感しかしなくなった。


A「よくもあたしのチョコを盗んでくれたな、コノヤロー…」


低く、怒気を孕んだ声。

急いで逃げようとしたが、服の裾をクナイで縫い止められ、動けない。

少女はコツコツとブーツの音を立てて、迫ってきた。


A「全世界の女を代表して、あたしが鉄槌を下してやるよ。女の恨み…しかと、思い知りな」


昼下がりのかぶき町に、男の悲鳴とボグシャという何かが潰れた音が響き渡る。

時雪はそんなことすら気づかず、カップケーキが早く冷めないか待ち遠しかった。


********


Aside


A「ただいま…」


深い溜息と共に、あたしは帰宅した。

制裁を下したのはよかったものの、結局肝心のチョコは既に食べられていた。

フルボッコにしただけじゃ足りなかったらしく、あたしはもう一発腹パンを加えておいた。


奥から足音と共に、トッキーが迎えてくれる。


時雪「おかえり、A」

A「…ただいま」


背中に何かを隠すように持っている。

きっとチョコだ。せっかく目の前の彼のために作ったのに、それを渡せない現実に溜息を吐く。


何か彼に渡せるものはないかーーと懐を探ると、小さいものがコツンと指に当たる。

そんなあたしの胸の内など知らぬトッキーは、チョコカップケーキを手渡してくれた。


時雪「ハイこれ、バレンタインのチョコ」

A「!うわぁ…」


チョコの甘い匂いが、鼻腔をくすぐる。

こんな手の込んだものを作れるなんて、やっぱトッキーすごい。お嫁においで。


A「ありがとう、トッキー。あの……あたしからも…」

時雪「えっ?」

A「チョコじゃないんだけどね、あげる」


そう言って懐に入っていたそれをトッキーに渡した。


袋に包まれたイチゴ味のキャンディ。

こないだ見廻り中に案内したおばあちゃんからもらったものだ。


A「その…本当は、チョコ作ってたんだけど…巷を騒がせてたあの怪盗に盗られちゃって」


ごめんなさい、と俯く。

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作者名:ミサ | 作成日時:2018年6月2日 23時

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