1話 ページ2
「この本丸に就任しろ。拒否権はない」
僕は、とん、と背中を押された。返事をする間もなかった。
そしてそのまま門のような場所をくぐり抜けた。
「……なんですか、ここは」
門をくぐり抜けた先には、目を疑いたくなるような光景が広がっていた。
辺りは濃い霧に包まれているのか、足元を見ても地面が見えない。
遠くには薄っすらと、大きな建物の影が浮かんでいる。
あそこに行けば、ここがどういった場所なのかが分かるのかもしれない。
「行ってみましょうか」
僕は、視界の悪い足元に注意しながら歩き始めた。
大きな建物は、まだまだ遠くに佇んでいた。
やっとの思いで大きな建物にたどり着いた時、僕は疲弊し切っていた。
その大きな建物は、どうやら立派な武家屋敷のようだ。
目の前に崩れ落ちそうな門がなければ、だが。
門は、開いていた。
僕にはそれが罠のように思えた。
見張りもなしに門を開け放つのは、不用心過ぎるからだ。
僕は、周りを警戒しながら門の内側へと足を一歩踏み出した。
「っ！」
背後から凄まじい殺気を感じて、思わず立ち止まった。
僕の一歩先には、刃物が地面に深く刺さっていた。
あまりの衝撃に、僕は数秒間固まっていた。
「あなや。避けられてしまったか」
僕の背後から、とてつもなく美しい男性が現れた。
男性は、優雅に微笑むと地面に刺さった刃物に手を伸ばした。
「抜けぬ…深く刺しすぎたか」
男性は、拗ねた子供のように頬を膨らませた。
僕は、注意深く男性を観察していた。
未遂とは言えど、僕を刃物で攻撃しようとしたのに変わりは無いのだから、当然だ。
「のう、童よ」
いきなり男性が声を掛けてきた。
反射で体が強張った。
男性は眉を下げると、申し訳なさそうにこう言った。
「…このじじいでは刀を抜くことができぬ。どうか、手伝ってはくれないか」
僕は拒もうか迷った。
男性が何を考えているのかが分からないなら、断った方が身の為だろう。けれど何故か僕の本能は、「協力するべきだ」と訴えかけてきた。
「…わかりました、お手伝いしましょう」
悩んだ末に、僕は本能に従った。
「童よ、すまなかったな。助かったぞ」
男性は、刃物をゆっくりと丁寧に鞘へと収めた。
地面から取り出した時に気がついたが、あれは日本刀だった。
「礼に、良いものをやろう」
男性は、僕にタブレットを手渡した。
僕は首を傾げた。
男性は、困ったように微笑むと立ち去った。
「いつかおぬしの役に立つだろう…ではな」
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作者名：うたた寝する三毛猫 | 作成日時：2022年3月9日 11時
