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就職を機に一人暮らしを始めたこの部屋は、心配症のお兄ちゃんから色々条件を付けられた。
"オートロックじゃなきゃダメ"
"2階以上じゃなきゃダメ"
"夜道が心配だから駅近じゃなきゃダメ"
"洗濯機は室内の方が安心"
とかその他諸々注文をつけて、一緒に不動産屋にまでやって来た。
おかげで想定していたよりも家賃が高くなってしまったけど。
生活には困らない範囲だし、やっぱり快適だったりする。
3階にある自分の部屋に戻る足取りが軽い気がするのは、田中くんや京本さんと過ごした時間が案外楽しかったからかもしれない。
なんて思いながら。ガチャリ、と玄関を開けば部屋に続くドアの向こうから漏れる明かり。
消し忘れちゃったのかな、と思ったのは一瞬。
綺麗に並べられた大きな靴に気付いた。
「…ただいま」
だけど返事はない。
部屋に入っても靴の主はいなくて、トイレもお風呂も誰かいる気配はない。
少しだけ開いた窓から揺れるカーテンに、彼がベランダにいる事を知る。
そこには申し訳程度にあるベランダの柵に体を預けて、空を見上げるお兄ちゃんがいた。
「ほっくんただいま。何してんの？」
「今日満月らしいよ。見ようと思って」
「うん。どう考えても見えないね」
今日は生憎の曇天。
雲に覆われて月なんて見えるはずもないのに。
きっと私が遅かったから落ち着かなかったんだろうお兄ちゃんの隣に並んだ。
「随分遅かったね？」
「山田さんに誘われて異業種交流会なるものに行ってきた。てかほっくんこそ何しに来たの？」
「逆にお兄ちゃんが来ちゃいけない理由教えてくれる？」
「成人した妹の部屋にちょこちょこ無断で来んのどうなの？ちなみに私はそんな男絶対やだよ？」
「そこわかってくれない人とは付き合わないのよ」
「結局わかってもらえなくて振られてるじゃん」
「それは言ってくれるなよ？」
相変わらず満月なんて見えないのわかってるのに、空を見たまま薄く笑うお兄ちゃんを見上げる。
お兄ちゃんが必要以上に過保護なのにはそれなりに理由がある。
実はうちには父親がいない。
私が小学生の時に突然の事故で亡くなってしまったのだ。
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作者名：メロン | 作成日時：2023年6月4日 20時
