その指先に愛を乞う

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「ね、ちょっと弾いてみてよ。」


「勘弁してください。リストなんてもう指が動きませんよ。」


リスト？
聞いたことがあるような･･･？
作曲家か？
ラ・カンパネラ･･･だっけ？

苦笑いで断る北山に、甲斐さんはますます笑みを深めて瞳を細めていく。


「ベーゼンドルファー=(イコール)リストが出てくるってのがもうね･･･ホント面白いね、北山くん。」


「だって一番似合うじゃないですか。」


「ふふふ、確かに。いや、リストじゃなくていいよ。何でもいいから。」


「今じゃチェルニーですら怪しいんですってば。」


笑いを交えながら躱そうとする北山と、笑みを深めながら面白がっているような甲斐さん。
それは何だかとても不思議なものを見ている様な感覚に陥った。
とても不思議で･･･そして、そう･･･少しだけ不快な。

不快･･･？
なんで･･･？

何だかわからないものを感じて、俺は自分の胸に手を当てた。


「でも、弾けるものもあるでしょ？」


そんな俺をよそに、甲斐さんは断定的に北山に言い放つ。
北山は少し諦めたように笑いながら、参ったな･･･と頭を掻いた。


「少しでいいから、聞かせてよ。」


尚も言い募る甲斐さんに、北山は根負けしたように溜め息を吐きながら、背凭れのないピアノ椅子に浅く腰掛けた。
そんな北山をメンバー全員が食い入るように見つめて、誰も言葉を発しない。

だって、知らなかったから。
今の今まで、誰も北山がピアノを弾くなんて思ってもいなかったから。
もちろん、子供の頃に習っていたらしいことは知っていても、今でも弾けるなんて･･･。
だから、どう反応したらいいのかもわからない。


「ホント、これっきりですよ。」


言いつつ北山は、チラリと俺を見た。
それはたぶん、何かの目配せで。

なんだ？

全く意味のない視線だったとは思わない。
けれど、何で北山が俺を見たのかはよくわからない。

首を捻った俺から視線を外してピアノに向き合った北山は、まず椅子の高さを調整した。
ペダルの位置を確認しつつ、鍵盤に手を翳してその幅を計るように腕を伸ばして。
そのまま、指を広げた状態の両手を胸の前で合わせて、指を付け根を伸ばすようにグッグッとストレッチをする。
ひとつ、大きく息を深呼吸して、ペロッと唇を舐めた。

それはまるでライブ前に北山が行うルーティンにも似ていて。
もしかしたら、北山のピアノを弾く前のルーティンなのかもしれないと漠然と思った。

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