【及川徹落ち】18000キロメートルの恋 5th【黒尾鉄朗】

合わないピース ページ7

▲▼黒尾 side


A｢ためす…？｣

黒尾｢…煽ったのそっちだからな｣


Aの肩を押して風呂の壁に追い詰めると、その柔らかい唇に自分の唇を押し付けた。

チュッとリップ音を立ててゆっくりと唇を離す。
Aは驚くでもなく、ぼーっと俺を見つめていた。

まるで無反応。

抵抗をする素振りもなければ、喜んで俺を受け入れるでもない。
まるでそこにいるだけの人形のよう。

Aの唇に、頬に、首に、自分の唇を押し付けながら細い腰を抱いて、誘うように背中を撫で上げた。

どうでも良さそうな虚ろな瞳は俺を見ながらも、別の誰かを思い浮かべているみたいで、それが気に食わねぇ。

…でも、

やっと。やっとだ。
ついに手に入れられる。

欲しくて堪らなかったAを今、ここで。

ーー“抜け殻のようになったA“を、俺のモノにできる。


黒尾｢…なんだよ、これ｣


締め付けられるような苦しさに短く息が漏れた。

…何でこんな気持ちになる？

手に入れられるところまで来たのに、どうしてこんな気持ちになる？

彼氏と別れたって聞いてから、待ちわびていた展開に胸は踊っていたのに、急に落とされた。

今ここでAを抱いて、単純でバカで流されやすいこいつを丸め込むことは容易いのに、酷くやるせない。

Aから手を離して、浴槽の縁に座る。
額を手で覆って、あぁそうか、と自覚してため息を零した。

気づいちまった。

…俺はこんな状態のお前が欲しかったわけじゃない。


黒尾｢お前は…“とーる”のこと忘れられんの？｣


その名前を出した瞬間、虚ろなAの瞳が動揺したように大きく揺れた。


黒尾｢忘れてーの？｣


見開かれたAの瞳にみるみるうちに涙が溜まっていく。
さっきまで重ねていたその柔らかい唇を震わせて、ゆるゆるとAは首を振った。


A｢忘れ、られない…、忘れられるわけ…ない…｣


徹との思い出は一つたりとも忘れたくない。苦しくてもずっと覚えていたい。
そう途切れ途切れに、涙をぼろぼろと零しながらAは言った。

…分かってはいたけど、胸に突き刺さる。

Aの、壊れたパズルのピースがはまらない。

ピースをはめ込もうとあれこれ向きを変えて押し付けても、そもそも合いもしない形のピースははまることはない。
俺はAの空いたそこに合うピースを持っていない。

惚れたあの笑顔を俺が取り戻すことはできない。
泣かせることは出来ても、笑わせてやれない。

俺では、ダメだった。

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