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(メイクポーチないし……)

メイク直したい、を理由に
慌ててトイレに逃げた私。

なのにポーチがない。
なんなら手ぶら。

あの日のバーの出来事を思い起こさせる
同じくらい、少し明るいくらいの照明。

鏡に映る顔を見て
少しぼーっとした。

少しして自分の顔に触れた時
ついさっき彼が涙を拭ってくれた感覚を思い出す。
それと、腕を掴まれた感覚も。

ーーもう、終わりにするんだって。

頭で出ている答えとは
真逆の答えを出す心臓らへん。

好きになっちゃいけない人。
田中さんも、私だって幸せになれない。

まだ初めて会っただけじゃん。
簡単に、引き返せる…

はずだったのに、

数日の電話と今日で
田中さんはいとも簡単に私の心を奪っていった。

…ずるい、

遊ばれてるとは思わない。
あの日から真剣さも感じてた。

でも、結果的には
恋愛禁止のはずの彼が
私に声をかけたくれた時から始まってる。

…初めからわかってたはずじゃない

そう思えば思うほど
田中さんに抱く特別な感情が大きくなる。

ーー戻らないと。

いつのまにかまた溢れていた涙を拭き取り
何も直せないまま、席に戻るために化粧室を出た。

ーー！

ーーどうして、

化粧室のドアを開け、
数歩歩いて通路に目を移すと、

2メートルほど先の壁に
もたれる彼の姿があった。

『……よかった、、いた、』

彼はそう独り言のように言った後

『…部屋戻ろ？』

と優しく言ってくれた。

時々後ろを振り返りながら、
個室への道を
私の少し前を歩く彼。

何も考えずに、彼の後をついてった。

トン、と私が部屋に入ると
彼がドアを閉めてくれた。

『すこし、落ち着いた…？』

ドアの前に立ったまま俯く私に
斜め上の角度から優しい声が降る

もう、全て見透かされているような気はしたけど、
(……今日は一生分楽しむんだった。)

ワインが残る頭でそう思い出して、
ふぅ、っと少し目を瞑って深呼吸して。

ーーすいませんでした、久しぶりに外でワイン飲んだら酔いが回っちゃって…ご心配おかけしました！
せっかく美味しそうなお料理冷めちゃいましたね、温めてもらうことってできるのかな？
あ、私ちょっとついでにお水もらおうかな！

そうまた取り繕うような話をして、
テーブルに戻ろうとした時、

さっきとは反対の手を掴まれた。

『…思ってること、全部言ってほしいです』