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すっかり夜も更け、腰掛けた大きな出窓からは青白い月が昇っている。
なんとなく、自分の部屋にいたくなかったAは奥まった場所にある私室を抜け出していた。
たまたま食堂に居合わせた鬱先生に入れてもらったカフェオレは結局口をつけぬまま、すっかり冷めている。エーミールから勧められたロシア民話をもとにした絵本は開かれたままで、当の本人は外の景色を見ることにすっかり集中していた。
季節は春から夏へ。
咲き誇る花々は彩りをかえ、青々と生い茂る木々を揺らす生暖かい風は夏のはじまりそのものだ。
｢…誰や？｣
瞬間、弾かれたように飛び上がって、窓を背にしてあたりを見回す。
見回りにきた兵士だろうか。いやしかし、素性もわからぬ相手にあんなに悠々と声をかけるものだろうか？
｢ふはっ、すまんな、驚かせてもうた？｣
何が面白いのか吹き出した男は、ようやっと物陰から姿を現す。
ゆるくウェーブがかった髪をそのままに、青紫を瞳にたたえる青年。首元には黒いスカーフが巻かれており、巡回中の兵士にしてはいささか軽装すぎる。
｢…あなたは、だれ。｣
｢俺は、…そやな、兄さんって呼ばれてるかな。｣
兄さん。
たしかに、そう言われれば、そうだろうなと納得出来る風貌ではある。弟にはとても見えない。
｢この国の幹部で、武器商人的なことをやってる。あちこち飛び回るからあんまり帰ってこれへんけど、会えて嬉しいよ、Aちゃん。｣
｢しっているの。｣
｢グルッペンがその話しかせえへんからなぁ。憶えてもうたわ。｣
煙草のにおいがする。名前も知られている。
しかして、不快ではない。決して。
柔らかく静かに笑んだ彼の言葉は、なぜだかすとんとAの心に落ちる気がする。
｢…あの子犬ども。やかましいけど根は悪い奴らじゃねえからさ、仲良くしたってな。｣
何処まで事情を把握しているのか。それとも何も知らないのか。
｢…また会える？｣
深い夜が似合う男だと思った。
少し言葉を交わしただけで感じる心地良さは、なるほど兄さんとよばれるだけのことはある。なにより、めまぐるしく変わってゆく環境に胃もたれを起こしていたAにとって、ただ静かに寄り添う優しさはむず痒く、じんわりと疲弊した体に染み渡っていく。
｢会えるよ。お互い生きてたらな。｣
遠くでクビキリギスの声が聞こえる。
立ち止まることを恐れている。そんな明日も約束できぬ彼女にとって、それはとてつもない無理難題に思えた。
春が終わる。
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哀(プロフ) - 左原さん» 感想ありがとうございます！すごく嬉しいです...手汗がとまらない...これからも読んで頂けると幸いです！ (2018年6月2日 17時) (
レス) id: 037484ccd3 (このIDを非表示/違反報告)
左原(プロフ) - 文章も設定も凄く素敵で大好きです... (2018年6月2日 11時) (レス) id: 28700181e9 (このIDを非表示/違反報告)
哀(プロフ) - 朝霧さん» わーい！お気に召したようで嬉しいです！コメントすごくありがたいです...頑張りますね！ (2018年5月25日 23時) (レス) id: 037484ccd3 (このIDを非表示/違反報告)
朝霧 - 待って、、、こーいうの好きなんやけど、、、ああ！申し遅れましたねェ、朝霧言いますー、ほんまこういうの好きですゥ！頑張ってください！ (2018年5月25日 12時) (レス) id: 3d4e8d6b36 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：哀 | 作成日時：2018年5月20日 19時
