＊ ページ10
＊
棒立ちの状態となった私を、いつの間にか近づいていた浦田さんが抱きしめます。
ギィ、と鋼のボディが軋みます。機械だからこそ潰れずにいられるような力の強さですが、彼はおそらくそこまで計算したわけではないのでしょう。
浦田さんの体にまとわりつく振動は、震えというよりは最早揺れで、私を一緒にがくがくと上下に揺さぶります。
今日の朝とはまるで違うハグでした。
私を落ち着かせるためのものじゃない、乱雑で、身勝手で、息苦しくて、自分本意なハグ。崩れ落ちるのを防ぐためだけの、浦田さんのためだけの動作。
なのに。
熱い、と思いました。
コンピューターが回線が機械心臓が。堪えようもなく脈打ち、一拍ごとに鋼の体を打って、鞭打たれるような熱さを皮膚に感じました。
ああ、そうだったのかと、薄く理解します。
私は人間にはなれませんでした。
マスターの名前を知ることができても。マスターの名前を呼ぶことができても。賢くなっても自由意志を持っても優秀になっても、どうあっても。
浦田さんはマスターで。
私はアンドロイドで。
浦田さんと私との関係は、それに尽きるのでした。
「..............やめろ」
低く震えた声で浦田さんは呟きます。
そっちに行くなと。
どこにも行くなと。
そう、聞こえました。
両腕を動かして、浦田さんの背中に回します。震えは治まったようですが、その原因も、彼の心情も、おそらく解決していません。
口を開きます。
動揺と拒否に濡れた浦田さんの瞳が、僅かに困惑の色を見せます。
『Aはマスターによって誕生しました』
『Aはマスターがいないと生きていけません』
『Aはマスターの命令に従います』
『Aはマスターの側にいます』
全て、マスターに教わりました。私がすることは、ずっと前から決まっていたのでした。
私はマスターのためだけにあるのだと。それが私の存在意義であり、他には何もいらないのだと。
私はアンドロイドで、浦田さんは私のマスターなのですから。
―――ならば、それを理解した今の私がやるべきことは一つ。
脳にあたるコンピューターに、コマンドを打ち込みました。
Ctrl+Alt+Delete――――――強制終了。
『さようなら、マスター』
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 56人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「歌い手」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
