8-17 side:K ページ24
8-17 side:K
「じゃあ、ちょっと支配人に話だけつけてくるから」
待っててね、と玉は俺の頬に唇を寄せて個室を出ていってしまう。今がチャンスかもしれない、と俺は携帯電話を取り出した。藤ヶ谷からの着信はあれ以降は着ていないようだけど、何度か携帯が振動していた。玉がすぐに戻って来るかもしれないという不安を抱えながら、俺は急いでメッセージを確認する。
“北山、この間借りた本を返したいんだけど、今から会える？”
「藤ヶ谷・・・」
万が一、玉に携帯を見られてもいいように、連絡は一見それと分からないような連絡を取るように――それが俺達の取り決めだった。このメッセージなら俺は居場所を返信できる。このメッセージから察するに、藤ヶ谷と横尾さんはもしかしたら俺達を見失ってしまっているのかもしれない。やはり予定とは違うレストランに連れてこられたのか、と今は近くに味方がいない不安を感じてしまう。
「だったら、さっきの電話は一体誰が・・・」
偶然の間違い電話が奇跡的なタイミングでかかってきたのだろうか――俺は思わず先ほど着信のあった電話番号を鳴らしてしまう。コール音はするけれど、誰も出ない。大きなため息を吐くと、メッセージが入ってきた。今の番号の人物かと思いきや、また藤ヶ谷からのメッセージが――
“もうすぐ北山の家に着く。留守ならポストに入れておくね”
「俺の場所、分かったのかな。でももうすぐってことは少し時間稼ぎはしたほうがいいのか・・・」
「ミツ！」
扉の外にいる玉に声をかけられて、俺はビクッと身体を震わせて顔を上げた。玉は扉を少し開けて声をかけてきているようだった。
「な、何ー？」
「ごめん、もう少しだけ待っててもらえるかな？」
ちょっとご飯を食べるのが早かったみたいで、と玉は俺がテーブルの下で携帯を操作していることは気がついていないようだった。好都合とばかりに、俺はできるだけ明るい声で玉に話しかける。
「うん、待ってる！」
急がないよ、と返事をして、俺はまた携帯電話に視線を落とした。藤ヶ谷に返事をしたいけれどもなんと返事をしてよいか分からない。何度か文字を打ちかけては消すを繰り返す。
「藤ヶ谷・・・俺・・・これから玉に・・・抱かれるよ」
――藤ヶ谷に愛されるために。
小声で呟き落としながら、何も返信できないまま携帯電話をまたポケットの中にしまった。そのタイミングで玉が個室の中に戻って来る。
「・・・ミツ、お待たせ」
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作者名：ほわわ
| 作成日時：2020年3月9日 0時
