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天月様から紡がれる言葉のひとつひとつが、まるで神からの御告げの様な気がしてくる。
このままあの世へでも連れて行かれてしまうのでは。なんて。
「貴女のお名前は?」
「…ここの屋敷の一人娘で、名をAと申します。」
自らの名を名乗って天月様にお辞儀をする。
私の中にひとつ、疑問がある。
天月様は何故、この屋敷の中へ入る事が出来たのだろうか、雇いのものにこの様な男性はいなかった筈だ。
それに第一、この様な美しい方がいればそれこそ都中で話題になって、宮中にでも呼ばれていそうだ。
そんな私の頭の中を見透かすかの様に天月様はこう言った。
「僕はたまたまこの屋敷に迷い込んでしまい……元いた場所に、帰るに帰れないのです。」
帰るに帰れないとは、一体何があったのだろうか。と、その様な事を考えている余裕など今の私には全く無い。
私が今いるのは屋敷の離れ、ここであれば誰に迷惑が掛かる訳でもないので大丈夫な筈だ。部屋も数部屋空いている。
「…よろしければ、この屋敷に住まわれては?」
私がそう言えば天月様は綺麗な瞳を輝かせて、良いのですか?、と聞いてくる。
私から提案していてそれを断るなどある訳ないのに。
えぇ、と私が言えば素直にありがとうございます、と言ってくる天月様のその姿は、少し幼い子供の様にも見えた。
幼い無邪気な子供の様なのに、何処か悲しそうなのは、私の気のせいだろうか。
「…人は皆、お優しいのですね。」
その言葉に私は顔を上げる。
それではまるで、天月様が本当に人ではないみたいではないか。
独り言の様に天月様が呟いたその言葉は、何か聞いてはならない言葉を聞いた様な感覚に私をする。
もしかしたら、私はとんでもない人に近付いてしまったのかもしれない。
と、そう思った時に私の体を眠気が襲う。
その後、取り合えず私の寝室の奥にある小さな部屋で天月様に寝てもらう事になり、私はつい三十分程前まで寝ていた布団に潜り込んだ。
たった三十分程の出来事だったのに、その三十分間は、やけに長く感じた。
◆ ◆ ◆
「…A様、A様、朝でございますよ。」
雇いのものに起こされて目が覚める。
誰もこの部屋からいなくなったのを確認して奥の部屋へ行き、天月様を起こす。
「天月様、起きて下さい。」
名前を呼んでみるが反応は無い。
どうしようか迷ったあげく、揺さぶって起こしてみる事に。
しゃがんでみると更に天月様との距離が縮まって、なんだかとても緊張する。
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作者名:作者一同 | 作成日時:2019年10月5日 5時