一杯のカクテル。【中原中也】

▼コロネーション ページ3

◆◆◆

今日も今日とて、大盛況。


…………というわけでもないが、いつものお客さんや、彼らに連れてこられた初めての人たちにカクテルを出し、上々のの売り上げだ。


そして、今日の営業もあと一時間ほどで終わるという時。
ちりん、と扉につけた鈴が鳴った。



「………！ いらっしゃいませ。お待ちしてましたよ」


数日前にうちを訪れた帽子を被った小柄のあの人。
また来てくれたんだ、という喜びが私の口角を持ち上げた。


「……覚えてたのか」


上着を脱いだ彼は顔を指差す。
どうやらポーカーフェイスのつもりらしいが、嬉しそうな顔が隠せていない。
少しだけおかしな顔の彼がなんとなく可愛らしくて、もちろん、と微笑んだ。


「本日の1杯目は？」


メニュー表をぱらりと捲った彼はしばらく黙り込み、「アドニス」と言って帽子を置いた。


「かしこまりました」


材料を手早く出し、グラスに入れる。冷やしながら混ぜるこのカクテルは冬場はなかなかキツいが、まだ暖かいこの季節ならそこまで苦ではない。


「お名前、教えていただけませんか？」

混ぜる手を止めずに、いつの間にか私はこんなことを言っていた。
もし、貴方が嫌でなければですけれど、と付け足して俯く。変な女、とでも思われただろうか。


「貴方のことを、知りたいんです」



もうそろそろ、かき混ぜるのは良いだろう。手を止めて、彼の瞳をじっと見つめると彼は口の端を上げて「いいぜ」と答えた。


「何が知りたい？」


「お名前と、年齢、それからご職業、なんてどうですか？」


カクテルグラスに注ぎ、香り付けのオレンジの果汁を絞る。
あぁ、いい匂い。私も飲みたいな……なんて考えつつ彼にグラスを差し出す。

「中原中也。22だ」

グラスを受け取り、そう言った彼はアドニスを1口飲んだ。


「同い年なんですね。えっと……中也さん、ってお呼びしても？」


「構わねェよ」


「それで、えっと……お仕事は何を？」


改めて聞くと中也さんはうー、と低く喉を唸らせ、目線をそらした後、小さく口を開いた。


「………ポートマフィア」

*♡*

コロネーションの意味は『あなたを知りたい』

*♡*

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