天然タラシだよ？安吾さん!!

7、ゴールデンフィズ(リクエスト) ページ8

彼は普段酒を飲みたがらない。

一度だけ理由を聞いたことがある。

しかし。

彼は適当にはぐらかすだけじゃ飽きたらず“すみません”と突き放してから、明確に境界線を引いた。

私はうっすらと心に引っかき傷を負って、いつの間にかこれを禁句(タブー)の項目へと仕舞い込んだはずだった。

だが、横浜全土を巻き込んだ騒動の事後処理で完徹が続き、殺人探偵の奔放さについては長官から長々と小言を頂戴し、終いには反異能派の政治家の策謀で特務課のオフィスの回線がクレームの電話でパンクしたためすっかり疲弊しきった我々は、隠れ家のようなBARを駆け込み寺に酒を酌み交わすことにしたのである。

｢安吾さん、あんまり強い酒は完徹の身体には毒ですよ｣

｢構いません、今日は飲みます｣

｢……｣

彼はそう言うが今日もまだ仕事が残っている。

ヤケクソとはいえ覚ませる程度の酔いに抑えなければならないのだが、私がドライマティーニをちまちま飲んでる隣で彼はマンハッタン、ギブソン、スティンガー、キャロルなど度数が優に２０度以上はある酒を次々平らげてゆく。

｢……言わんこっちゃない｣

｢……面目ない｣

嗚呼、これじゃあ只の自棄酒だ。

すっかりカウンターの敷物と化した彼にチェーサーを勧め、

｢これだけ飲んでも会話はちゃんとしてるんですね｣

｢そうでなければ友人のノリに引き摺られますから｣

｢友人？｣

此方が何の気もなくそう聞き返した時、彼はあからさまに“しまった”という表情をした。

それからはチェーサーと共に言葉を喉に押し込んで閉口を決め込む。

まただ。

またこの何ともいえない空気が舌の上をざらつく。

｢……マスター、ゴールデンフィズお願い｣

この重くのしかかるモヤモヤに耐えきれず、私も遂に自棄になって二杯目を頼んだ。

軽やかなシェーカーの音が止み、カウンターに乗せられた杯に手を伸ばす。

しかし、不意に隣からスッと伸びた手がそれを横取りして、私の手はふわふわと宙を掴んだ。

｢え!?｣

隣ではあれよあれよという間に杯がすっからかんになり、此方の堪忍袋の緒はギリギリと断末魔を上げた。

しかし。

｢嗚呼、嫌なお酒だ。嫌いになったと思っていたのに変わらずこの酒が好きだ。僕は勝手な男だ。なんて勝手な…｣

彼が唐突に宙にまくし立てる言葉の矛先は、何故か全て彼の心臓に向かっていた。

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