ゝ ページ46
「どうかしらね」
Aは、足元の母の沈んだ海に向かってそうつぶやいた。月の浮かぶ黒い海だ。コンクリートの上に腰掛けてぶつかってくる波のそばへ足を寄せた。
なぜだか清々しい気持ちだった。
『それで、君がお探しの時計は、私の机の中に仕舞ってあるよ。母の形見にと思うなら後で取りに来るといい。私は充分に眺めたからね』
そこで、Aの胸のうちに一つ疑問がわいた。私の父と母は愛し合っていたのだろうか。追い出されたあの夜の、あの義父のあの哀しそうな目は、母が父を思っていたからなのだろうか。
首領が義父にAを預けたのは、光の下へAを出したのは、Aに愛される幸せを教えたのには本当は理由なんてない。
ただ、裏社会に生まれた娘の幸せを望んだからだ。
別の道を選ぶことは出来たのかもしれない。けれどもAはやはり組織を選んだ。自分の選択に後悔はない。
「幹部殿」
男がAの後に立っていた。先ほど職務放棄でAに逆らって投げ飛ばされた夜警長の大男だ。白い包帯が腕に巻かれている。
「何よ」
「その、そのようなところに座っていてはなんですので」
大の男がもじもじとしたようすで話しかけてくる。
「何? あなたが椅子になってくれるの?」
「え」
「だって、椅子に座らせるなら先に椅子をもってくるでしょう。立たせる気じゃないだろうから、だとするとあなたが椅子になるのかなぁと思っただけよ」
「そ、そんな」
夜景長は顔を赤くするのを見てAは満足して、高い声で笑い飛ばした。
「なんて、冗談よ。次からそういうときは椅子を持ってくることね」
「はい」
「おい、A。仕事はそれくらいにしとけ」
「はーい」
Aはそう呼ばれて大人しく立ち上がった。
若い幹部の闇色の外套が、海へ向かって吹く風に翻される。
月夜の港に、海の風が吹く。
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さなえ@Love伊織(プロフ) - 百合姫さん» ありがとうございます。行間、ですね。参考になります!もう少し開けてみようと思いました。なにより読んでくださってありがとうございました! (2017年5月24日 0時) (レス) id: c77dc7fe4b (このIDを非表示/違反報告)
百合姫(プロフ) - たいです。勿論、高評価させて頂きました。長文、三つ前のコメントの誤字、失礼致しました。最後になりますが、さなえ@Love伊織様。イベントに参加して頂き有難う御座いました。此れからも、他の作品の更新など頑張って下さい。応援しています。 (2017年5月23日 1時) (レス) id: f05eea04c6 (このIDを非表示/違反報告)
百合姫(プロフ) - ありませんが、横書きの場合文が詰まっていると辿るのが少し難しいと感じたので。と、云っても此の書き方で行く、とさなえ@Love伊織様が決めていらっしゃるのでしたら、其れでも全く問題無いと思います。小説の書き方に沿った、素晴らしい物でした。私も見習い (2017年5月23日 1時) (レス) id: f05eea04c6 (このIDを非表示/違反報告)
百合姫(プロフ) - 文の間に改行を設けてはいかがでしょうか。一話を一つに纏める、ということでしたら文字数の影響もあるとは思いますが、見たところ其のような形式で書かれていないようなので、余裕を持って間を空けても良いと思います。勿論、書籍の様な縦書きの物なら空白は必要 (2017年5月23日 1時) (レス) id: f05eea04c6 (このIDを非表示/違反報告)
百合姫(プロフ) - 素晴らしいと感じました。占いツクールではあまり見ない、硬い?文章ではないありましたが其れも魅力の一つだと思います。話の流れ、文の構成共に普段から小説を読み慣れている方には、よく合う物だと感じました。僭越ながら、アドバイスをさせて頂くと台詞と (2017年5月23日 1時) (レス) id: f05eea04c6 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:さなえ@Love伊織 | 作者ホームページ:http://uranai.nosv.org/u.php/hp/sanaeEs/
作成日時:2016年12月21日 8時