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ゆっくりと奥に吸い込まれていく扉を前に、一歩、二歩と後ずさる。……やっぱり、そうだ。この子には機動隊の避難命令が聞こえていなかったんだ。
「けん、い、く……?」
俺の名前を呼んでパチパチと眠そうな眼を瞬かせる姿に、彼女がついさっきまで眠っていたことが簡単に想像出来た。
確かにAちゃんは、寝る時にはいつも補聴器を外していた。俺がドタキャンしたから、暇になって昼寝をしていたってとこだろうか。そんなの余計に気づけるはずがない。
「Aちゃん、よく聞いて。今このマンションには、爆弾がある。だから、俺と一緒に、避難しよう」
「っ……!わか、た。くつ、はいえくう」
「うん。焦らないで良いからね」
裸足で出てきたという彼女が靴を履きに一旦部屋に戻ったところで、ズボンのポケットに入れていた携帯が鳴り始める。そういえば、陣平ちゃんに言われたな。解除できたら報告しろって。
応答してすぐに聞こえてきたのは、陣平ちゃんの明るい声。それだけでもう向こうは解除し終わったんだということが分かって、悔しい気持ちを押し込める。
……やっぱ、お前は早いな。それに比べて俺は、一番重要な爆弾の解除を放棄して、逃げ遅れてる彼女の元に走っちゃったよ。
お前ならこんな俺を、最低だって罵ってくれるだろうか。
あの時、彼女の元に向かうことを一瞬でも躊躇わなかった俺を、お前は。
《早くそんな爆弾バラしちまえよ、萩原》
「悪りぃ、松田。俺、今爆弾の前に居ないんだわ」
《……どういうことだ?》
「彼女が逃げ遅れてた。多分、機動隊の避難命令が聞こえなかったんだと思う」
《っ、おい、それって》
「俺は今からAちゃんを連れて避難する。……説教なら、そん時頼むよ。陣平ちゃん」
機動隊員としてあるまじき行動をした俺を、お前が一発ぶん殴ってくれ。
そう言った俺に、「重てぇの覚悟しとけよ」と彼が言う。
あぁ、そうだな。降谷ちゃん直伝の、最高に重くて痛いのを頼む。
やがて靴を履き終わったAちゃんが再び顔を出し、俺を不安げに見上げてくる。そんな彼女の手を安心させるように強く握りしめて、笑いかける。大丈夫、君のことは俺がちゃんと、守り抜くから。
《___まずい、爆弾が生き返ったぞ!!!全員退避ッ!!!退避ぃッ!!!!》
全員に繋がれているのか、無線から隊長の退避命令が聞こえてくる。
くそ、もう少し時間があれば。
「Aちゃんッ!!!!」
___咄嗟に抱き締めた彼女の体は、微かに震えていた。
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ひなみ - 読み終わった後、偶然、コナンのEDにもなった「ジューンブライド〜あなたしか見えない〜」を聴いたんですが、この曲の歌詞が妙にこの作品に合っている気がして、またこの作品を思い出して泣いてしまいました。心に残る素敵な作品をありがとうございました。 (2022年10月16日 17時) (レス) id: ba9ab70415 (このIDを非表示/違反報告)
ひなみ - 読み終わった今も涙が止まりません…。まず二人が助からないと分かったところで大号泣、夢主が既に亡くなっていたと分かったところで大号泣、最後の写真で大号泣…。ずっとギャグだったから、こんな結末全く予測していませんでした…。 (2022年10月16日 15時) (レス) @page49 id: ba9ab70415 (このIDを非表示/違反報告)
(名前)(プロフ) - 最後のイラストで涙が止まらなくなりました😭 (2022年6月23日 22時) (レス) id: 1cfa02e0c5 (このIDを非表示/違反報告)
ルリ(プロフ) - まさかの結末で涙が止まらない、、、 (2022年6月14日 19時) (レス) @page48 id: 2eb7e133f7 (このIDを非表示/違反報告)
milk - なにこれ、悲し過ぎない!もうtシャツの袖がびしょ濡れになりました (2022年5月26日 0時) (レス) id: b9832e8e21 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:無糖 | 作成日時:2021年7月25日 15時