彼女に紹介されたお兄さんが同期だった場合の対処法【萩原研二】

■ ページ23

．








俺の問いに、彼女の指先が文字を並べ始める。普段使っている単語の方ではなく、一文字ずつである指文字の方を使っているのには、何か意味があったりするのだろうか。

最初の文字は指を四本九十度に折り曲げた形の【こ】。次はなにが来るのかと考える俺の前に、掌をこちらに向けた状態で、指が三本立てられる。これは、【わ】だな。
最後に来たのは、【わ】の状態から小指だけを立てる形で【い】。＿＿＿全てを繋げると、【こわい】になる。


……つまり、声を出すのが怖いってこと？







「【昔、喋り方が変だって周りの子に馬鹿にされた事があって。それ以来、話したいけど、話すのが怖くて

ごめんなさい】」







手話で話すには内容が多いと考えたのか、久々にスケッチブックに文字が綴られた。
途中の文を読んでいる最中も複雑な思いだったが、最後の一文で特に胸が痛む。責めたつもりはなかったんだけど。


落ち込んでいる彼女に俺は一体なんと言うべきか。
大丈夫だもなんか違うし、ありのままの方がウンタラカンタラって長ったらしく語るのも向いてないし、なんなら出来ない。俺の持っている(手話の世界においての)ボキャブラリーがあまりに少なすぎる。無理。却下。



別に彼女だって、俺からそんな説教紛いのことを聞きたいわけではないだろう。逆も然り。俺だってそんなこと言うつもりはない。




ただ純粋に、彼女の声が聞きたい＿＿＿それだけ。







「【それでも声が聞きたいって言ったら、怒る？】」







三行ほどの文の横に本心を書き込んで、それからすぐに後悔が芽生える。流石にちょっと強引だったかもしれない、と。

もう少し間接的に言うべきだったか、それともここで一歩引くのが大人な対応だったか。
どちらにせよあまりいい方向には転がりそうにない文面を書いてしまって、今すぐにでも教室を飛び出して行きたくなる。なんでこういう時に限って日直なんだ陣平ちゃん。



現実から逃避するようにタイミングが鬼悪い親友の背中を思い出す。俺の恋終わったわ、なんて。

……けれど案外、神は俺を見放してはいなかったようで。
突然腕を掴まれて顔をあげれば、視線の先には、緊張した面持ちのAちゃんの姿があった。







「＿＿＿＿＿＿は、はい、あ、あ……く……？」







拙いその言葉が俺の名前を指していることに気づいた瞬間、顔全体がブワッと熱くなり、息が止まる。
…………あぁ、駄目だ。近づけば近づくほど、彼女という沼から抜け出せなくなっていく。

そして多分俺は、今更、そこから抜け出す気もないんだ。








．

妹に紹介された彼氏兼同期→←■

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す