唇とマーマレード 5

250 ページ50

私達のハネムーンはどんどん終わりに近づいている。

今日は意を決してプライベートビーチで泳いでみたけど、彼は相変わらずパラソルの下で読書中。

私の選んだ本はとっくに読み終えて、今は日本の空港で買ってきた数冊の文庫本を読んでいた。

きちんとカバーが付けられてたけど、その中の一冊にやっぱりHowTo本らしきものが混ざってるっぽい。

だって頑なに私に触らせようとしないし、その本を読んでいる時は目つきがかなり真剣だから。

今もその本を読んでいるであろう彼を、私は海に浮かびながら眺めていた。

その視線に気付いたのか、彼は本を閉じてバスタオルを片手にこちらに歩いてくる。

「そろそろ上がらないと、体を冷やすよ」

…って、お母さんか！









パラソルの下にデッキチェアを並べて、休憩タイム。

「渉さんは泳がないの？」

「…海に来たら、必ず泳がなきゃいけないわけ？」

「せっかくプライベートビーチがあるのに、もったいないじゃん」

こういう時に私は、いつもの貧乏性が出てしまう。

元を取らなきゃ、みたいな精神が疼いちゃうんだ。

彼はこういう環境に慣れて育ってるから、きっとそんな私の気持ちはわかんないんだろうな。

「何か飲む？」

私が頷いたら、彼はコンドミニアムに戻っていくから、つい、魔が差した。

テーブルの上に伏せて置かれている、厳重にカバーがかけられてるその本の中身がどうしても知りたくて、

つい、出来心でその本を手に取ってしまった。









カバーをこっそりずらして、表紙を盗み見る。

『結婚生活を成功させる法則』

そう書かれたタイトルに、笑いがこみあげてくる。

こんなの読んでたんだ？

結婚生活のマニュアル本とかあるんだね。

今度は中身が知りたくなって、ページを開いてしまう。

『妻の思考を読み取れ』

だとか、

『どんな小さなことでも話し合いで解決すること』

目次にはそんな見出しが書かれてあり、私もつい興味津々で読み始めてしまった。

そのページには、『常に妻に興味を持て』と書かれていて、

妻の外見の変化はもちろん、表情や視線など細かく観察していれば、妻の欲しいものや興味のあるものが理解できて共有できる、みたいな。









「何で読んでるわけ？」

レモネードを片手に戻って来た彼は、ため息をつきながら私から本を取り上げた。

「ちゃんと実行してる？これ」

意地悪くそう訊ねたら、彼は呆れ顔でまた本を開く。

「…今日から実行するとこ」

この小説の続きへ→←249

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す