唇とマーマレード 5

234 ページ34

ガクンと重心を失ってよろけてしまった私を、即座に片手で受け止めてくれた彼は、

「まだキスしかしてないのに」

そう言って珍しく意地悪な顔をしてみせた。

「お湯張りしてくる」

愛想なくそう伝えると、私をその場に残して１人でバスルームに消えちゃうとか。

いつからそんなに手練れになっちゃったの！？

まるで女慣れしまくってる恋愛上級者の言動だよ？それ。









「お風呂入ったよ」

再びそう声を掛けられるまで、私は窓際に立ったまま、ぼーっとパークの景色を眺めていた。

実は風景なんか全く頭に入ってなくて、さっきのキスの余韻と、これからどうなるんだろうというワクワクとした妄想のことしか考えていなかった。

「一緒に入ろうか」

そう訊ねられて、思いっきり現実に引き戻される。

「一緒に！？」

「そんなに驚く？
家ではいつも一緒じゃん」

…そうだった。

そうだけどさ、今夜は何か違わない？

こんな宮殿みたいな部屋で一泊だよ？

しかも明日から部屋を替えて二泊とか…。

実質、私にとってはハネムーンの初夜みたいなものだ。









それでも頭がパンパンな私は、よくわからないまま結局は一緒にお風呂に入っていた。

大きな湯船に２人で入っているのに、私の視線はぼんやりと宙に浮いたまま。

「A？」

そんな風に名前を呼ばれても、生返事しかしない私に業を煮やして、

「A」

彼はもう一度私の名前を呼んで、濡れた手で私の頬に触れるから、

それで一気にまた私は、現実に引き戻される。

「どうした？さっきからぼんやりしてるけど」

彼は心配そうに私の顔を覗き込むけど、とても本当のことなんか言えない。

この展開で私達は今夜、一体どんな夜を過ごすことになるんだろうという、ヨコシマな妄想を脳内で繰り広げてたなんて！

「疲れた？」

その濡れた手は私の頬だけでは飽き足らず、おでこや前髪まで容赦なく濡らしていく。

「濡れちゃうじゃん…」

そう抗議したら、

「どうせこれから濡れるんだから、よくない？」

真顔でそう返されてしまった。









「洗ってあげようか？今日は」

「…洗うって、何を？」

「Aの体」

…いやいやいやいや！

それはどうなの？！

今までは確かに一緒にお風呂には入ってたけど、時間差で片方が洗い終わった後に一緒に入って、片方が上がった後に洗うってパターンだったじゃん！

235→←233

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す