唇とマーマレード 5

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翌朝、朝早くに目覚めた私達は朝食もそこそこに車に乗り込んだ。

行先は本社。

私は数回しか行ったことがなくて、正直足がすくむ。

彼は受付で入館証を２人分もらってくると、１つを私の首にかけてくれた。

「私はわかるけど、渉さんはいらないんじゃないの？」

「社員証も返してるし、もうここの社員じゃないから」

無表情の彼は私の手を引いて、社員がたくさんいるエレベーターに乗り込んだ。

エレベーターの中で、彼は私の手を離す。

彼に気付いた社員さん達は、みんな軽く会釈をするけど、彼はそれを軽く無視していた。

なんだろう、この空気感は。

うちの会社とは全然違う。

なんだかピリピリしていて、変な緊張感が漂っていて…、とにかく居心地が悪い。









行先は最上階の社長室のあるフロア。

ここだけ廊下の絨毯が違う。

ふかふかでゴージャスで、まるで高級ホテルの廊下みたいな。

彼は一番奥の会議室前まで連れて行くと、

「ここで待ってて」

って、会議室横のスペースにあるソファーに、私を座らせた。

「時間がかかるかもしれないけど、大丈夫？」

そう言って私の頬を撫でる彼の指先が、とても冷たくて驚いた。

だけど彼の目は、もう全てを覚悟してるかのような開き直った色をしていて、

「大丈夫だよ、ずっと待ってるね」

その手に自分の手のひらを重ねたら、ようやくくすぐったそうに笑ってくれた。

「じゃあ、行ってくる」

そう言ってまた私の頬を一撫でして、彼は背筋を伸ばして会議室へ消えて行った。









この会議室に入ったのは、彼が一番なんじゃないかな。

後から続々と人が現れ、ソファーで待ってる私を一瞥して会議室へ入って行く。

秘書同伴の方もいて、同席する人もいれば、私と同じように脇のソファーで待つ人もいた。

その中の１人がいきなり、

「あの…、渉様の奥様ですか？」

遠慮がちにそう声をかけてきた。

「はい」

そう答えたら、その人は急に嬉しそうな顔になって、

「お隣よろしいですか？」

と、隣に座ってくる。

この人は次男さんの秘書の方らしく、

「お噂はかねがね伺っております」

そんな挨拶をしたあと、急に固い表情になって小声で耳打ちした。

「大奥様は今朝、退院されたそうです
今日の会議にも出席されるそうなので、くれぐれもご注意なさってください」

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