唇とマーマレード 2

54 ページ4

言いたいことを言い終えたのか、彼は眠そうに何度めかのあくびを噛み殺した。

「少しだけ寝ていい？」

そう訊ねては、そのままソファーに横になってしまう。

「ベッドで寝なよ」

「いい
まだAと話したいことが山ほどあるから
少し仮眠するだけ」

そのまま本当に瞼を閉じてしまう横尾さんは、すぐに子どものような深い寝息をたてはじめた。

初めて見た彼の寝顔は、何かから解放されたような幼げな寝顔だったから、

少しだけ母性本能が疼いた。

寝室のクローゼットから毛布を持ってくると、そっと彼の体にかけてあげる。

少しだけわかったような気がした、彼の考えていることが。

日頃あんなに偉そうで自分勝手なくせに、

私に逃げられたからって、ギリシャから丸２日もかけて帰国してくるんだと思ったら、

少しだけ、彼のことを愛しく思えるようになった。

ただし、それは恋愛感情ではないけど。









彼は夜が更けても、ちっとも目覚めようとはしなかった。

まるで死んでるみたいに、静かに眠り続けている。

たぶん、朝まで起きてこないんじゃないかな。

私も昨日はほとんど寝てないから眠くて、優雅に１人でお風呂に入った後、寝室のドアを開けてみた。

広い部屋の真ん中に、ダブルベッドが２台くっついて並んであるのを見て、

急に現実に引き戻された。

彼が言う「一緒に生活する」っていうのは、寝室も含まれてるのかな。

あの部屋の寝室にはキングサイズのベッドが１台あるだけだし。

まさか…、いくらなんでも寝室は別だよね？

最悪、あの寝室にベッドを２台置いてしまうとか…。

そんな心配をしながら片方のベッドに潜り込むと、私は簡単に眠りに就いてしまった。








何時間か寝た頃、勢いよく寝室のドアが開けられる音で目を覚ました。

途端に部屋の明かりが付けられて、驚いて半身を起こした私の目の前には、

珍しく焦り顔の彼が、明かりのスイッチに手を掛けたままこちらを見ていた。

「…よかった
また出て行かれたのかと思った」

彼でもこんなに焦ることがあるんだ。

私を確認してはホッとした顔になって、再び明かりを消してしまった。

「寝ていい？
そっちで」

…寝る？

ここで？

彼は勝手に反対側のベッドに潜り込むと、また静かな寝息をたてはじめた。

…何でこんなことになってるわけ？

ちょっと前まで私達は別居婚で、同じ部屋で寝るなんて天地がひっくり返ってもない関係だったのに。

55→←53

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す