唇とマーマレード

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「愛がないって…
仲良さそうだったよ？」

「人前ではね
父親も母親にはうんざりしてると思う
ああ見えて、俺が生まれてからずっと別居状態だから」

なんだか…、見えてきたかも。

そんな家庭で育ってきた彼が、今こうなっちゃってるっていうのは、

いわゆる親の辿った道をなぞってるっていうか…。

本当の家族の姿を知らないからだと思う。

「Aが頑張って仲良さげに演じてくれてたけど、あの人達にはバレバレだったかもね」

そうだろうね、きっと。

そして、愛のない家庭に生まれた子供の完成形が、今目の前にいるわけで。

彼を観察しながら私は、強く誓った。

絶対に子供は必要ない！！！









「夕飯は？
食った？」

急に話題を変えられたのが気に入らなくて、

「食べてない」

不貞腐れてそう答えた。

「何か作ってやろうか？」

「…は？」

「パスタくらいしかできないけど」

そう言って彼は自分の部屋から、高そうな調理器具や食材を持ち込んで、本当に夕食を作り始めた。

今日は本当に不思議な日だ。

初めて２人きりでお茶を飲んで、彼の仏頂面以外の表情を引き出すことも出来たし、

極めつけは今、こうして彼がこの部屋で料理を作っているということ。

一体彼は、何がしたいんだろう。









その日のメニューは、コールスローサラダにじゃがいものスープとペペロンチーノ。

…どこが簡単なものだって？

私だったら２時間はかかりそうなこのメニューを、彼は３０分で作り上げてしまった。

しかも味もいけるっていうのが、なんだか癪に障る。

「なんで料理とか作ってくれるわけ？」

そう聞いたら、

「…なんとなく
今日は Aは頑張ってくれたし
そのお礼、みたいな」

愛想なくそう返されてしまった。

変なところで、彼な律儀だよね。

「それにAは寂しがり屋で、１人で部屋にいられないらしいから」

そう言って彼は、私をからかいながら笑顔を見せた。

初めて見た…。

彼の笑顔。

びっくりした。

急に無邪気に可愛らしく笑うから。

一瞬だけ彼が幼く見えた。








こんな風に毎日２人で過ごせてたら、今頃私は彼のことを好きになってたかもしれない。

だけどきっと食事を終えた彼は、綺麗に食器を洗って自分の部屋に帰っていくんだろう。

きっと私達は中途半端に近付かない方がいい。

じゃないと２人とも、精神的に追い詰められることになる。

私達の結婚は、割り切った偽装結婚なんだから。

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