唇とマーマレード

16 ページ16

反省？

どの口が言ってるわけ？

隣を同じペースで歩く、彼の横顔を盗み見してみる。

口をぎゅっと結んで、まっすぐ前を見ているその横顔は、まるで造り物のように綺麗だった。

無表情なのに怒ってるようにも見えるその顔も、私は嫌いじゃない。

あくまで外見の話だけど。

だけど彼は、中身にかなり問題がある。









「俺の都合を押し付けてばかりで、悪いとは思ってる
別居するのも、別にAのことが嫌いだってわけじゃないから」

あ…、また名前を呼んだ。

これは、ちゃんと意識した上で名前を呼んでるんだ。

「大学の時から１人で生活してて、今更、誰かと生活するとか無理なのもある」

私は彼の話を黙って聞いているだけ。

そんなに、私が泣いて訴えた不満が気になった？

意外と律義で、真面目な人なんだね。

「他人の前で仲のいいふりをするのも、Aは抵抗があるかもしれないけど
あれも理由があってのことだから。」

「理由って何？」

「俺らがうまくいってたら、社員が安心するから
お互いの親も家族も」

「でも、ストレスにならない？
そういうの」

「別に
これも仕事の一環だと思えば、特には」

仕事の一環…。

この結婚の意味が、ようやくわかった気がした。

この結婚はビジネスなんだ。

少なくとも、彼はそう捉えている。









「今日、大学時代の友達と飲んでたんだけど…
メンバーの中に１人女子がいて、彼女につい俺らの結婚のスタイルのことを話したら、激怒された」

なるほど…

彼が今日は珍しくしおらしいのは、そのせい？

「俺のせいでAの人生が殺されたって
今すぐ解放してやれって言われた」

解放！

ずいぶんハッキリと物を言う女性なんだね。

それに、彼にそんな女友達がいたということも、意外なんだけど。

「彼女の言う解放は離婚っていう意味なんだけど、それは今の状況では無理だと思う
仕事も絡んでるから」

そうだよ。

今、離婚されてしまったら、うちの会社は倒産の危機に晒されてしまう。

そのために私は、彼と結婚したんだから。








「たぶん俺は、結婚なんかしてはいけない人間なんだと思う」

彼があんまりキッパリと言うから、その理由が知りたくてたまらなくなってきた。

「何で？」

「俺は、誰かを幸せにすることなんて出来ないから。」

「そうなの？」

「どうやら俺は、人を好きになったことがないみたいだから。」

17→←15

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す