唇とマーマレード

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「だって、腕組んでたじゃん」

あのデパートの地下で。

好きじゃない子に腕とか組ませる？

「勝手に組んできたから」

「好きじゃないのに？」

「嫌だったけど、断ったら機嫌を損ねてゴネられても困るし」

驚いた。

じゃあ、あのクリスマスデートは、本当に義理で行ったってこと？









「本当に好きじゃないの？
瑠璃子さんのこと」

そう聞いても彼は、抑揚のない声で、

「好きじゃない」

としか答えてくれない。

でも若葉の話では、彼も瑠璃子さんのことを気に入ってたって聞いたけど。

「でも正直…、都合のいい相手ではあったかもね」

「都合のいい相手？」

「彼女は従順だから、Aと違って」

それ、嫌味？

悪かったね、従順じゃなくて。

私にとっては精一杯、言いつけを守ってきたつもりなのに、そこまで言う？









「でも、彼女が従順なのは俺のことが好きだからで、
その気持ちがどんどん重くなっていくから、正直持て余してた」

確かに、彼女は本気で彼のことが好きなんだと思う。

だって婚約破棄されて入院するくらいなんだから、余程なんだと思う。

「空気を読まずに、仕事中に何度も電話やメールを寄越したり、
深夜に今から会いたいとか言われて、断ったら泣かれたり
彼女の扱いに困ってた時に、Aからの結婚話が持ち上がって、内心ホッとしてた」

彼の口から語られる真実は、私の予想していたものとはあまりに違うから、

つい文句を言ってしまう。

「それならそうって、言えばいいのに
クリスマスの時だって、正直に言ってくれたら変に誤解しなくて済んだのに」

「Aに、嫌われたかったから」

今まで淡々と話していた彼は、自信なさげにそう呟くと窓の方を向いてしまった。

窓の向こうでは粉雪が降り始めて、フロントガラスに薄く積もり始めていた。









「行こうか」

彼はシートベルトを締めて、車をスタートさせようとするけど、

私はさっきの続きが気になって仕方なかった。

「何？私に嫌われたかったって」

「Aが言ったんじゃなかった？
俺のことを嫌いになりたいって」

…言ったよ、確かに言ったけど。

それは、彼のことを嫌いになれたら、こんなに悩まなくて済むのに、と思ってたからで。

「俺が彼女とクリスマスに泊まりで出かければ、Aは確実に俺のことを嫌いになるだろうと思って」

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