唇とマーマレード

45 ページ45

日本に着いたのは、大晦日のお昼前だった。

乗り継ぎの空き時間が長すぎたのもあって、復路は１日半もかかってしまったから。

クタクタになって出国ゲートをくぐった向こうには、太輔と何故か若葉が待っていた。

若葉は私の姿を見ると、いきなり勢いよく飛びついてきた。

「A様、一体何やってるんですか！
私に内緒でこんなこと！」

怒りながら泣いてる若葉を見ていたら、なんだか笑いがこみあげてくる。

「若葉が泣くとか、初めて見た」

「A様、私は怒ってるんですけど」

とか言いながら、子どものように声を上げてわんわん泣いてる若葉を見ていたら、なんだか安心できた。

太輔は無言で私のキャリーバッグを奪い取ると、そのまま出口に向かって歩いていく。

「太輔様が教えてくださったんです
A様が１人で帰ってくるって
ここまで車で連れてきてくれて、送ってくださるそうです」

また怒ってんのかな、太輔は。

今日の帰国便の時間をLINEした時だって、思いっきり既読無視だったし。








後部座席に乗ろうとしたら、

「Aは助手席！」

って、いきなり太輔に睨まれてしまった。

「何で？」

「説教するから
それに、これからのこと話し合わないと」

助手席に座ったら、暖かい缶コーヒーがセットされていて、

「とりあえず飲めば？」

とか、ツンツンしてくる割には、こういう優しさを垣間見せてくる。

「もっとへこんで帰ってくると思ったわ
何でそんなに清々しい顔してんの？」

「なんか、フライト時間も長いし、乗り継ぎも長時間だったから
言いたいこと言えたし、いいことしたし、今はスッキリしてる
それより疲れたー」

「…それならまあ、いいけど」









「若葉ちゃんと相談してたんだけど、このままどこかのホテルにでも泊まる？」

「いいよ」

本当は私も、あの家に帰るのは憂鬱だったんだ。

「あ、箱根のホテルが一部屋空いてますよ
どうですか？」

若葉がスマホ片手に、後部座席から身を乗り出してくる。

「いいけど…、大晦日に温泉街で女一人旅ってどうなの？
なんだか寂しそうじゃない？」

「だから、私もお供します」

「若葉も？」

「太輔さんもお誘いしたのですが…」

「俺が一緒に行ったのが万が一バレたら、離婚がこじれた時に不利になんだろ」

太輔は意外に慎重なんだね。

「それより、旦那さんから連絡ないわけ？
妻が１人で帰国してんのに、追いかけもしないとか、ありえないだろ」

46→←44

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す