傾国のひとりごと (ページ9)

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天女の微笑　壱ページ9

東宮が身罷られたのを知ったのは、夕餉の際に黒い帯が配られたときだった。
喪に服す意味合いで七日間つけるのである。

ただでさえ少なかった肉類が完全に消えた食事に、口をとがらせる者も多かった。
端女の食事は一日二回、雑穀と汁物、時折、菜が一品振舞われる程度である。我慢できなくはないが、やはり足りないと思う者がほとんどだろう。

下女と一括りにいってもいろんな者がいる。
農民出身の者もいれば、町娘もおり、数は少ないものの官の娘もいた。親が官であればいくらか待遇はいいはずだが、それでも下働きとなると本人の素養の問題である。
文字の読み書きもできない者を部屋持ちの妃にできるわけがない。妃というのは、職業である。

(結局、意味なかったのかな)

Aは東宮の病の原因を知っていた。

梨花妃とその侍女たちが使っていた真っ白なおしろいは、Aもよく知っている、庶民には手を出せない高級品だった。

それは妓楼の高級妓女たちも使っていた。一晩で農民一生分の銀を稼ぐ妓女もいる、自分で買う者もいれば、貢物にもらう者もいた。

顔から首にかけて真っ白にはたかれるそれは、妓女の身体を蝕み、幾人かを死に至らしめた。
おやじどのは「やめろ」と言った、彼女らはそれを聞かずに使い続けたのだ。

やせ細り衰弱して死んでいく妓女を、Aは幾人も見てきた。

命と美貌を天秤にかけ、結局どちらも失ったのだ。

もうそんな姿は見たくなかった。だから手短な枝を折り、簡単な文を書いて二人の妃の元に置いた。まあ、紙も筆も調達できない端女の警告を信じるとは思えなかったが。

　

喪が明けて黒い帯が見かけられなくなった頃、玉葉妃の噂を聞いた。東宮を失い傷心の帝は、生き残った公主を慈しんでいるらしい。
同じくわが子を失った梨花妃のもとに通う話は聞こえない。

(都合のよいことね)

Aは魚のかけらがほんの少し入った汁を飲み干すと、食器を片づけて仕事場に向かった。

「呼び出し、ですか？」

洗濯籠を抱えたAは宦官に呼び止められた。
中央にある宮官長の部屋に来いとのこと。

宮官とは、後宮を大きく分ける三部門の一つであり、下位に位置する女官のことをいう。他の二つ、部屋持ちの妃たちは内官、宦官は内侍省にあたる。

(なんの用だろう？)

宦官は周りの下女にも話しかけている。どうやら自分だけではないらしい。

きっと人手が足りないのだろう。
Aは籠を部屋の前に置くと、宦官の後について行った。