参 ページ21
紅娘と高順とAで侍女たちをそれぞれの部屋に寝かせると、疲れがどっときた。
居間では玉葉妃と壬氏が物珍しそうに
「これが、例の媚藥なの？」
「いいえ、こちらのほうです」
Aは乾かした果実を巧克力で包んだものを差し出した。親指の爪ほどの粒が三十ほど並んでいる。
「じゃあ、こっちは何なんだ？」
「私の夜食です」
言葉を間違ったらしく、明らかに周りが引いている。高順や紅娘も異物を見るような目をしていた。
「大丈夫です、酒や刺激物に慣れていると、効き目はそれほどありません」
でなければ、自分のことをよくわかっているAならこんな物は口にしない。色々と、後で大変なことになるのが目に見えている。
しげしげと、麺麭をつまんでみる壬氏。
「では、私が食べても問題ないのかな」
『それはおやめください！』
紅娘と高順の声が重なった。高順の声を初めて聞いた気がする。
壬氏は冗談だ、と麺麭を皿に置いた。
確かに皇帝の寵妃の前で媚藥を口にするのは不遜であるが、それ以上に間違っても天女の美貌が頬を染めながら迫ってくるようなことがあっては、誰しも理性のたがが外れかねないからだろう。Aはそれを身をもって学んでいた。
「今度、帝のために作ってもらおうかしら。まんねりを防ぐためにも」
「いつもの強壮剤の三倍は効くと思いますけど」
「三倍……」
持続のほうかしら、と玉葉妃の小声は聞こえなかったことにする。
Aは媚藥を蓋付きの容器に移し替え、壬氏に渡した。
「効き目が強いので、一粒ずつを目安にお願いします。食べ過ぎると血が回り過ぎて、鼻血が出ると思いますので。また、意中の相手と二人きりのときに使用してください」
Aが注意事項を言い終えると壬氏は立ち上がった。
帰り支度をするため、高順と紅娘は部屋を出る。
玉葉妃も一礼すると、籠の中で眠る公主とともに部屋を後にした。
Aも麺麭の皿を片付けようと踵を返す。と、後ろから甘い匂いがする。
「思った以上のものを作ってくれたな。礼を言う」
何か、甘い蜂蜜のような声が聞こえる。
髪はすくい上げられ、首にはなにか冷たいものが当たった。
振り返ると、片手を振りながら壬氏が部屋を出ていくところだった。
「なるほど」
皿に目を落とすと、麺麭の数が一つ足りない。
犯人の目星はついている。
「被害者がでなければいいんだけど」
他人事のようにAは呟いた。
夜はまだ長い。
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作者名：泉 | 作成日時：2024年1月18日 22時
