参 ページ36
「私に、ここに来るように命じたのは主上でございます。私が戻る以上、帝も梨花さまのもとにいらっしゃられるのではないかと」
それが政治的であれ、感情的であれ、やることは一緒だ。
梨花妃は暫く黙ってから、ふと何かを思い出したように顔を上げた。
「ねえ、その声の出し方を教えてくださらない？」
「はい？」
Aは思わず目をぱちくりさせる。
「Aの声、とても素敵よね。甘くて、透き通っていて。
私もその声を手に入れられれば、少しでも帝の興味を引けると思うの」
ああ、と腑に落ちる。
それを、甘露の声と皆は言う。
聞くだけでじんわりと脳を溶かすような。
「...お褒めに預かり光栄です。ですが、.....声質というものはなかなか変わらないものです」
梨花妃は謙遜を聞きたいわけではないだろう。できるだけ失礼にならないよう、不快な思いをさせないよう言葉を選びながら、Aはそう言う。
梨花妃はそうね、とため息をついた。
「でも.....他に方法が見つからなくて。
玉葉妃の言葉も聞かず、みすみすわが子を殺した女が、彼女に勝てるのかしら？」
「勝てる勝てないの問題ではないと思います。それに、間違いは学習すればいいのです」
「私には胡姫の翡翠の瞳も淡い髪もなくてよ」
俯く梨花妃。
「世には百、千の花がありますが、牡丹と菖蒲のどちらが美しいというのは、決められません。それに___他のものがあれば問題ないかと」
と、Aは視線を梨花妃の顔から下に移動させた。
普通、痩せる部分はそこからだといわれているが、ちゃんと哈密瓜が二つくっついている。
「それだけの大きさはもとより、はり、形は至宝かと」
妓楼で目の肥えたAがいうのだ、間違いない。
玉葉妃に仕える身としては、あまり肩入れするわけにはいかなかったが、最後に手土産をひとつ置いておくことにした。
「ちょっと、耳を貸していただけますか」
ごにょごにょと周りに聞こえない声で、梨花妃にあることを教えた。
花街の小姐たちが、「覚えていて損はない」といった秘術である。
林檎のように真っ赤な顔をした梨花妃が何を聞いたのか、侍女たちのあいだでしばらく話題になったという。
その後、翡翠宮にて、帝の御通りが一時極端に減ったことがあった。
「ふう、睡眠不足から解放されるわ」
と、皮肉交じりに玉葉妃が言ったことに、Aが目を泳がせたのはまた別の話である。
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作者名：泉 | 作成日時：2024年1月18日 22時
