参 ページ32
「なにかお困りのようだな」
「そのように見えますか」
棒読みの半眼で答える。
「そのように見えるが」
じっくりと見つめてくるので次第に目線がそれる。それを追うように長いまつげが近づいてくる。
目が合えば、条件反射で汚物を見るように接してしまうだろう。
耳元で甘い蜜の声がする。
「とりあえず中に入ろうか」
ぞわりとした感覚。耳元で話すのは本当にやめてほしい。
Aが部屋に入ったところで、梨花妃の取り巻きたちが先ほどよりも険しい顔でにらんでくれる。
しかし、隣にいる天女の様相を眺めると、彼女らは取り繕ったかのように淡い笑みを浮かべた。
女とは本当に恐ろしい。
「帝のはからいを無下にするのは、美しき才女たちに似合いませんよ」
壬氏の言葉に頰を染め、そっと寝台の前から退く侍女たち。
壬氏がこちらを振り返り、微笑む。
Aは無表情のまま一礼をし寝台の前に立つと、血管の浮いた色味のない手をとった。
薬ほどではないが、医のつく類はそれなりに経験がある。
梨花妃は目を瞑ったまま、抵抗もしない。眠っているのか、起きているのかもわからない。魂の半分はすでにあの世に流れたようだ。
瞼の奥を見るべく、顔に指をかける。
さらりとした感覚が指を滑った。
以前と変わらぬ、真っ白な肌だった。
(...前と同じ肌色？)
Aの表情が強張り、侍女たちのほうを向く。
その中のひとりの前に立つと、押し殺すかのような声できいた。さきほどおしろいをはたいていた娘だ。
「妃の化粧をしているのは、あなたですか」
「ええ、そうよ。侍女たる勤めですもの」
何もかも見透かしそうな
精いっぱいの虚勢を張る。
「梨花さまには常に美しくあってほしいもの」
自分が正しいのだといわんばかりに。
「そう」
ばちん、と大きな音が響く。
侍女はなにが起きたのか理解できないまま、力の向かう側に倒れこんだ。
頬と耳が異様に熱いことだろう。
「なにすんのよ！」
呆気にとられた周りの中で、一人がAに食ってかかる。
「莫迦に折檻するだけよ」
Aは倒れた侍女の髪をわしづかみにし、引きずる。
その行動に反して、Aはいつもよりも言葉遣いが柔らかい。
甘露よりも甘い声だ、と、あのおしゃべりな下女がここにいたらそう言うだろう。あまり今のAの姿には似合っていない。
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作者名：泉 | 作成日時：2024年1月18日 22時
