恫喝 壱 ページ30
皇帝が玉葉妃の元に現れたのは、昨晩のこと。
いつもどおり、Aが毒見を行い、部屋をあとにしようとしたときだった。
「噂の薬屋どのに頼みたいことがある」
初めて声をかけられた。
(噂ってなによ)
皇帝は偉丈夫で美髭をたくわえているが、年齢はまだ三十半ばくらいだ。これで国の最高権力を持っているのだから、後宮の女たちが目をぎらつかせるのは無理もないが、いかんせんAである。
「長い髭だな、さわってみたい」くらいにしか思っていない。
「なんでございましょう」
恭しく頭を下げる。色々な意味で、下手な対応を取る前に退室したいところである。
「梨花妃の容体が悪い。しばらく診てくれないか」
とのことだった。
帝の言は、天上の言。
首と胴はまだ仲良くしていたいAとしては「御意」と答えるしかなかった。
『診てくれ』ということは、『治せ』と同義である。
寵愛がなくなったとはいえ、いくらか愛着が残っているのか、それとも、有力者の娘をないがしろにできないのか、Aにとってはどちらでもよい。
治さなければ、首がとびかねない。
一蓮托生である。
それをたかだか、小娘に頼むのだから、よほど後宮医官は頼りないのか、それとも死んだところで問題ないのか。どちらにしろ、無責任な頼みである。
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「どうだった？主上と初めて話した感想は」
話を聞きつけたのだろうか、麗しい宦官がすぐにあらわれてAにからんでくる。
「どう、といわれましても」
さすが手入れの行き届いた髭だなあと。そう答えると、どこ見てるんだ、と呆れ顔の壬氏。
「あとは、いろいろ納得がいきました」
「と、いうと？」
「梨花さまも玉葉さまもどちらも立派なものをお持ちでしょう」
まだまだ
「あー、それは」
壬氏が気まずそうに咳ばらいを一つ。
「先帝の反動、といったところかな」
「先の主上の、ですか」
「ああ。先帝は幼女趣味というか。皇后...今の皇太后さまも、主上を産むには体が小さすぎて、結局腹を裂くほかなかったそうだ」
Aは思わず顔をゆがめた。それならむちむち好みのほうがだいぶ健全か。
(天上人も好みはそれぞれね)
ひとつ礼をすると、Aは水晶宮へ行く準備を始めるため部屋に戻ることにした。
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作者名：泉 | 作成日時：2024年1月18日 22時
