傾国のひとりごと (ページ11)

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部屋付　壱ページ11

「不思議だな、話に聞くと君は文字が読めないってことになってるんだが」
「はい、卑賤の生まれでございまして。なにかの間違いでしょう」

Aは平静を装ってそう答える。しらばっくれる気満々である。
文字が読める、読めないで下女の扱いはそれぞれ違う。読めるほうは読めるほうで、読めないほうは読めないほうで役に立つのであるが、無知なふりをしていたほうが世の中立ち回り易いのである。

と、前の美しき宦官がいきなり立ち止まった。
下を向いて歩いていたAはぶつかりそうになってつんのめり、あわてて均衡をとる。

「どうされましたか」
「いや、君、珍しい色の瞳だな」
「そうでございますか」

(既視感)

Aは遠い目をする。

宦官は暫く不思議そうに後ろで歩くAを見やっていたが、すぐに前を向くとまた歩き出した。

美しい宦官は壬氏と名乗った。
虫も殺さないような優美な笑みなのに、なにやら蠢くものを感じる。でなければ、こうしてAを窮地に立たせることはできまい。

壬氏は黙ってついてこいといった。
首を横に振れば、軽く首がとぶ使い捨ての端女は素直についていくしかなく、なにがこれから起こるのか、それをどううまく対処するのか思いをめぐらせていた。

こうして壬氏に連れて行かれる理由に思い当らないわけではなかったが、どうしてそれがばれたのか不思議だった。

わざとらしくも壬氏の手には、布きれがある。それには、汚いたどたどしい文字が書かれていることであろう。

字が書けることは誰にも黙っていた。いうまでもなく、筆跡でばれることはない。

周りを確認して置いてきたはずだが、誰かに見られていたということだろうか。

そうであるとしたなら、きっとそばかすのある下女に目安をつけたのだ。
まず、先に文字が書けるものを集め、筆跡を集めたに違いない。字というものは崩して書いてもくせが残るものである。

その中に適合者がいないとなると、次は文字を書けないものを集める。
読める、読めないの判断は先ほどの通りである。

(なんて疑い深いんだ。というか暇人すぎるでしょ)

悪態をついているうちに目的地に到着した。
案の定、玉葉妃の住まう宮であった。