"ばじけいすけ"【場地圭介】 (ページ3)

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「もうダブれねぇんだよ……」

目は厚いレンズであまり見えない。だが大きく皺の寄った眉間を見れば彼が焦っているのは簡単に理解できる。

何がダブれない理由なのか。そう聞けば小声でおふくろが泣いちまう、と呟いた。
これで確信した。私の目に狂いはなかった。彼は正真正銘の好奇に値する人だと。

「めっかわじゃん……」

「んだよめっかわって」

「名前！教えて！！」

あ？と面倒くさそうに私を見つめる。
なんて可愛いんだこの人は。次第に上がっていく自分の口角を隠すことができない。

すると彼は無言で小さなメモ用紙のようなものを引きちぎり、お世辞にも綺麗とは言えない字を私に見せてきた。
視線を寄越せば、恐らく何かの文字である塊が四つ。
何故手書きで名前を書いたのだろうか。そもそも私がこの字を読めるとでも思ったのか。

「これ、俺の名前。読めたら教えてやる」

「教えてやるってかもはや難問」

「あぁ！？オレの字が汚ぇって言いてぇのか？」

「ビンゴ。えーっと…ば、じ、けい……すけ？」

"ばじけいすけ"

何とか思い当たる漢字を脳内で構成し、読み上げた。正直合っているか不安なほど読み難い。
しかし彼は私を賞賛する言葉を発したため、合っていることに安堵した。
これで場地圭介は読み難いに決まっている。可愛いから許せる。

彼は読めないし書けない。
なのに手書きで言葉を紡いでいる。おまけに漢字辞典を使って。
この時点で私の中の彼の可愛いが最高潮に達していた。

「オマエは？」

「私は渡辺A。このクラスに渡辺二人いるから下の名前だとややこしくないかも」

「Aか！オマエ、オレの手紙ソケズ？してくんねぇか」

「ソケズ……？もしかして添削のこと？」

「おーそうだ！テンサク！」

ニパッという効果音が似合いそうな明るい笑みに心が撃ち抜かれる。
断るはずもなく、二つ返事で了承した。

橙の光が教室に注ぎ込む。
私が彼に話しかけてからかなりの時間が費えたのだと話しているような夕日。
彼はそれに気付き、歯を見せ屈託の無い笑みを私に向けた。

帰んぞA、と一言。

(あっ、八重歯……)

笑った時に見えたキラリと光るやけに鋭利な歯。その光は夕焼けの色に染まっていた。
鼓動が早くなる。顔に熱が集まる。

彼が乱雑に"場地圭介"と書いた小さなメモ用紙。
本人に見つからないよう、小さく折り畳んで胸ポケットへ大切に仕舞い込んだ。

彼の第二印象は"可愛い人"だ。

　