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3-蛍 ページ41

 数日ぶりに初等部寮に帰ったAが、A組、B組が渾然となった団体に四方八方から一度に話しかけられるさなか、殿内は蛍と流架を密かに呼び寄せた。櫻野たちからの伝言だと前置きをした上で、記憶を失っていた間のAの様子は、本人には伝えないように、と耳打ちする。「Aを混乱させないためにも」などと、もっともらしい理由とともに。
「いいな」そう肩を叩き、すぐにAの元へ戻る。言伝であったものの、殿内自身もそれを望んでいるようだった。今のAを、記憶喪失だったAから遠ざける行為。
 殿内はもう二度と、“誰”と尋ねられたくはないのだろう。盲目的な信頼を寄せてくる存在を失いたくないのだろう。まるで所有権でも主張するようにAの頭や肩に触れる殿内には、エントランスにいる誰よりも色の濃い安堵が滲んでいた。
 それを感じ取りながらも、彼らの思惑に反し、自分の知る限りのすべてをAに明かした結果、彼女は錯乱の末に意識を手放した。床に伏せ、小さな身体をさらに縮めて丸まる子供。焦点の合わない目が揺れる。尋常でない様子に、普段あまり感じない後悔が湧いた。間違えたかもしれない。深く問い詰めすぎた。直裁に過ぎた。もっと、段階を踏むべきだった。
 虚ろな目がこちらに向けられる。蛍を見ているようで、なにかほかのものを見ている眼差し。色を失った唇が開く。そして、Aは――


 慣れ親しんだ初等部寮の廊下を歩く。倒れたAを寮の医務室に運んだのが二日前のことだった。彼女はそのまま一日を医務室で過ごし、今朝方、自室に戻ったらしい。それを聞きつけて、蛍はAの部屋を目指す。嫌がられるかもしれない。拒まれるかもしれない。だが、なにもしないという選択肢だけは存在しなかった。
 ――“先生”について知りたい。同じアリスというだけで、なぜ蜜柑まで目をつけられるのか。
 ――兄について、知りたい。Aはきっと、自分の知らない兄を知っている。

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きざし(プロフ) - ユイさん» 温かいお言葉ありがとうございます!再熱していただき嬉しい限りです…!これからもゆったりと更新をしていきますので、どうぞのんびりお付き合いいただければと思います。改めてコメントありがとうございました! (2020年6月29日 19時) (レス) id: d2df0bfcc2 (このIDを非表示/違反報告)
ユイ(プロフ) - いつも更新お疲れ様です。この作品を読んで学アリ熱が再熱するくらいに楽しんで読ませてもらっています… 夢主ちゃんの存在、先生たちの関係が気になって気になって仕方ありません!大変だとは思いますが更新楽しみにしております。長文失礼しました。 (2020年6月29日 3時) (レス) id: f59a3694e1 (このIDを非表示/違反報告)
きざし(プロフ) - ユイカさん» コメントありがとうございます!これからもどんどん更新頑張りますので、どうぞゆるりとお待ちくださいませ〜! (2020年6月15日 19時) (レス) id: d2df0bfcc2 (このIDを非表示/違反報告)
ユイカ(プロフ) - 初めて読んでみたんですけどとても面白くて気に入りました!更新楽しみにしてるので頑張ってください! (2020年6月14日 20時) (レス) id: b470749ec2 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:きざし | 作成日時:2020年5月27日 22時

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