開演ブザーは永遠に（１） (ページ33)

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『……でも、どんな事情か私にはわかりませんけど、“無効化のアリス”ってだけでこの状況……あの子が可哀想に思えて』

　どことなく気の弱そうな声は副担先生のものだ。

『まあ、過去の事件のせいで、“無効化”はここではある意味禁忌となっているからね』

　二人の会話に思わず眉を寄せる。無効化が禁忌って、いったい――

『毎回この手紙が焼かれるのを見るたび、なにも知らない彼女が可哀想で……』

　モニターに映るのは暖炉の炎。画面が赤に染まり、次の瞬間にプツリと途切れる。
　ひゅ、と、やけに近くで息を呑む音がした。隣に座る蜜柑ちゃんのものか、それか、自分のものかもしれない。靴底が砂利にこすれる音もして、次の瞬間には蜜柑ちゃんが駆け出す。それを追いかけて、ほかのみんなも走っていった。
　残されたのは、私とモニターだけ。

「……先生は、そんなこと、しない」

　モニターは暗く、もうなんの映像も流さない。真っ暗な画面を見つめたまま呟く。自分に言い聞かせるように。声は震えることなくその場に落とされ、けれどとても空々しい響きを帯びていた。ならば今の光景はどう説明するのか、と、なにかが囁いている。

「…………だって、だって、先生は……」

　先生がこんなことをするはずがない。生徒の手紙を燃やすなんて、するはずがない。もしあの場に先生がいたら、鳴海先生を殴り飛ばしてでも止める。そのくらいはする人で――そこで、私のいう“先生”が、鳴海先生を指していなかったことに気づく。
　泣いていた子の涙を拭い、進むべき道を示した“先生”。それはきっと――

　――私の先生は鳴海先生じゃないの？

　顔も、名前もわからない、あの“先生”なのだ。

　また、この人なのかと、やけに悲しくて、泣き出したい気分になる。
　“先生”の影がちらつくたびに、心の柔い部分がぬくもり、同時に寂寥感が降り注ぐ。徒らにぬくもりを与えられて、奪われ、寒さの中に放り捨てられる。

　知らない人間、知らない記憶。覚えのないそれが私をさいなみ、頭が痛くなる。
　絶え間なく頭を締めつける痛みと、呼応するように滲む汗、反する寒気。
　その頭痛ごと、深く、深く、奥底へと沈める。痛みも、辛さも、苦しさも、寂しさも。どれもこれも、今とは関係のないものなのだから。――知らないほうが、いいことなのだから。