愛を考えてみて、それから伝える【黒尾生誕祭】 (ページ20)

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その日まで教えないページ20

　

食べきれなかったケーキも、さっきまで手に持っていたネクタイも、そこにあるということを忘れてしまいそうだ。

それくらいに俺の目を奪うのは、一枚の小さな白黒写真。

「本当はもう少し前にわかってたんだけど、どうせなら今日驚かせようと思って。２ヶ月です」

「え……これ、マジ？」

「あはは、嘘ついてどうするの？ ……来年の今頃はもう、パパになってるね」

優しく笑う彼女を愛しいと思った。
実感は全然湧かないのに、得も言われぬ感情が押し寄せてきて、柄にもなく泣きそうになった。

座ったまま、隣に立っているAに手を伸ばす。
彼女も俺の背中に腕を回したからか、視界は暗くなったけど、胸の中は温かい気持ちで一杯だった。

それなのに、刹那。

「……鉄朗！」

「いっ、て」

頬に走った軽い衝撃に、思わず声を上げる。

目を開けたことで明るくなった視界には、ついさっきまでとは髪型も服装も違うAがドアップで映った。

「え、A？お前なんで……」

「もしかして、なんで俺の家にいるのって話？そりゃあ合鍵使ったからに決まってるでしょ」

「……は？合鍵？」

「鉄朗、寝ぼけてる？」

笑いながら不思議そうに俺の顔を覗き込むA。

そこでやっと、自分がベッドの上に横たわっていることと、視界の端に見える部屋の雰囲気が一人暮らししていた頃の俺の部屋とそっくりなことに気付く。

「誕生日なのに寝過ぎるから、そうやって寝ぼけるんだよ」

「うーわ、マジかよ……」

やっと冴えてきた頭で状況を理解して、悔しくて漏れた言葉と同時に前髪をくしゃりと握りつぶした。

「俺、めちゃくちゃ幸せな夢見てた」

「えー？良かったね？」

「現実じゃないのが悲しい」

「あはは、誕生日なのに何言ってんの！……はい」

お腹を抱えて笑うAは、ベッド脇のサイドテーブルにケーキ屋のロゴが入った箱を置いた。

今日が誕生日というのは、夢も現実も同じらしい。

随分と鮮明に覚えている夢の中の俺は、たしか二十代半ばだった。

……現実の俺は、大学四年。今日で２２歳になる。

就職先は決まっているけれどまだ働いてもいないし、Aと一緒に暮らしてもいない。

「誕生日おめでとう、鉄朗。なんか寝ぼけてるっぽいけど、今年も言います。生まれてきてくれて、私と出会ってくれてありがとう」

恥ずかしそうに笑う彼女は変わらない。
それを見て、好きだなぁと思う俺の心も変わらない。

　
　