六十四話 ページ24
「A! A!」
声を張り上げて走り回る。いくら体力があったって、さすがに大声を上げながら走るのはきついものがある。
俺は一度立ち止まり、膝に手を当てて大きく息を吸いこんだ。
雨がじっとりと背を濡らし、黒髪から水が滴る。
今頃Aは何をしているんだろうか。一人で、心細くないだろうか。
その時、ちらりと脳裏で何かが過る。
家の倉庫に一人閉じ込められ、大声で泣いている弟――――A。誰にも気づいてもらえず、ようやく見つかった時には眼元を腫らして、見つけた俺に飛びついた。
「――――……寂しかったんだ」
Aはおそ松によく似ていると言われていた。顔はもちろんそうだが、仕草だとか口癖だとか。
でもいつか言われたおそ松の言葉に、Aは酷く傷付いたのか、それ以来おそ松を真似るような行動が無くなった。
でも無意識なのか、今でもおそ松に似た仕草が出る。そのうちの一つが、鼻の近くを擦るものだ。
早く、早く見つけてやらないと手遅れになるかもしれない。その手遅れが何か、俺は想像したくなかった。
すると、豪華な傘を差し、目立つ紫のシャツを着る顔見知りを見つけ、俺は駆け寄った。
「ん!? Aじゃないザンスね!」
「カラ松だ。それよりも、Aがどこにいるか知ってるか!?」
イヤミは眉間に皺を寄せ、「人に物を訊く態度がなってないザンス!」と言ったが、やがて短く溜息を吐いた。
「もう少し言った先の路地裏にいたザンス。喧嘩したのか分からないザンスが、怪我だらけだったザンスよ」
俺はそれだけ聞いて走り出した。顔に雨の滴が当たって前が霞む。
すると突然後ろでイヤミが俺を呼んだ。
「仲直り、ちゃんとするザンスよ!!」
そう言ってそそくさと立ち去るイヤミに、俺は何も言わず片手を上げた。
水をまき上げながら走る。泥がズボンに飛び散って、顔が水でびしょ濡れになっても、俺は目的地に向かって脚を止めない。
息が上がったところで、俺は暗い路地裏を見据えた。
「――――…ここ、か」
今思えば、Aはいつもこんなところで喧嘩をしているのか。
拳に力を込めて、俺は路地裏に入った。
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れもん - 東郷さんについてこの後兄弟に話したのかとか一松を実は守っていたということに対して兄弟がどのような態度で黒斗に接するのかなど気になる部分は多々あります…書いて欲しかった…。主人公が理不尽な目にあって六つ子が悪役に見えなくもないですが良い作品でした。 (2022年1月21日 22時) (レス) @page33 id: bc2584c695 (このIDを非表示/違反報告)
神野 赤月 - とても泣いてしまいました。いい作品ですね! (2017年8月24日 7時) (レス) id: 1f93e928e5 (このIDを非表示/違反報告)
リュウア(プロフ) - 完結おめでとうございます。占いツクールの小説で物凄く久しぶりに泣きました。作者様にこのコメントが読んでいただけるか分かりませんが本当に面白く、何かを考えさせられる小説でした。とっても面白かったです。 (2017年5月28日 21時) (レス) id: ef6262a277 (このIDを非表示/違反報告)
暁(プロフ) - 何か主人公が理不尽すぎる気がします (2017年3月30日 21時) (レス) id: be64f1ec17 (このIDを非表示/違反報告)
ルアルア(プロフ) - いの近さん» コメントありがとうございます!私も、読者さんと同じ気持ちです!素敵と呼ばせてもらえる主人公と松野兄弟が書けて良かったです!最後までありがとうございました。 (2017年1月22日 11時) (レス) id: 095eb051dc (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ルアルア | 作成日時:2016年10月23日 18時