【第七十六話】医師の見解【伏見 藤玄】 ページ30
「――私もそう思います」
藤玄は紅緋を見つめたまま言葉を紡ぐ。彼女にとって新撰組と影之国の争いは余計な仕事を増やす厄介事でしかない。それに見合うだけの診療費を貰えていれば文句を言うこともないだろう。
だが、現状は互いに血で血を洗う戦をしているだけ。屍ばかりが形作られる。それで天におわす方――皇帝の身の安全が保たれているのもまた事実。
藤玄は一つ息を吐くと、己の中に貯めていた思考を吐き出した。
「聞くところによると新撰組と戦ったのは影之の雑魚が多いそうです。彼らは新撰組にとっては取るに足らない存在でしょう。ですが、隊長のような方々はそうはいかないはず。例え捕らえたとしても……」
彼らに千載一遇の機会を与えるだけ。
その強さを藤玄はよく知らない。ただたまに訪れる彼が腕の立つ猛者であることは感じていた。背負う大太刀がただのまやかしではないことも感じている。
まだ表だって動いてはいないが、彼なら余程のことでも起きない限りその姿勢を貫くだろう。
藤玄の言葉に静かに耳を傾けている紅緋は未だ空を見つめていた。
「そう言う風に考えていたんだな」
「医術のみを嗜んでいる訳ではありませんから」
そう言って穏やかな笑みを浮かべる藤玄の目には何が映っているのだろう。
薬の匂いが充満する部屋に置かれた漆塗りの小箱に視線を一瞬やった彼女はまた紅緋に目を向ける。その小箱が彼女の言葉を裏付ける何よりの証。いつ何時、何があっても対応するだけの技量が藤玄にはある。
「ははっ、こりゃたまげた」
掠れた笑い声を紅緋は漏らす。一介の医師と思っていたが、どうやらそれだけではないらしい。どこまでも真面目な彼女にも意外な一面があったのか、と新鮮に感じた。
「……私としたことが患者さまにお茶を出すのを忘れていました。ちょっと待っていてくださいね」
滑らかな動きで立ち上がった藤玄はぱたぱたと台所に下りて行く。やかんを火にかけて湯になるのを待つ間、彼女は棚からいくつかの材料を取り出して粉にした。
どうやら薬湯を作るつもりらしい。
しばらくして湯が沸くと湯呑に粉を入れ、湯を注ぐ。それを茶筅でかき混ぜ、盆に乗せて縁側に戻る。そうして紅緋に湯呑を差し出した。
「熱いですが召し上がってください。私特製の茶です」
「茶と言うより薬湯みたいだな」
「よく言われます」
柔らかに微笑んだ藤玄はふと空を見上げた。
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蛇庵(りあん)(プロフ) - 続編いきました! (2016年5月3日 20時) (レス) id: 09ec081b29 (このIDを非表示/違反報告)
蛇庵(りあん)(プロフ) - しのっちさん» わかった!続編いくね。 (2016年5月3日 20時) (レス) id: 09ec081b29 (このIDを非表示/違反報告)
しのっち(プロフ) - 蛇庵(りあん)さん» ……りあん、そろそろ続編にいった方が良いかもぉ…… (2016年5月3日 20時) (レス) id: 56a4443702 (このIDを非表示/違反報告)
しのっち(プロフ) - ……手直しする…… (2016年5月3日 20時) (レス) id: 56a4443702 (このIDを非表示/違反報告)
しのっち(プロフ) - ……終わった…… (2016年5月3日 20時) (レス) id: 56a4443702 (このIDを非表示/違反報告)
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