お値段お高めの ページ13
「この傷は俺が背負わなければならないのと同時に、俺が俺であるという確認するためのものなんだ、仗助。」
伏せられた瞳がようやく仗助の姿を捉えた。いつもの笑みを湛えた光でもなく、皮肉気にギラついてる訳でもなく、ただただやってくる必然的な未来を恐れるような、夜が明けた朝の美しい光に怯えるような、憐れで滑稽とも言えそうなのに、悲しげで触れれば壊れてしまいそうな。そんな儚さが仗助の視線を奪って離さなかった。そして仗助は安堵した。その右目にある引き攣った傷があることに対して安堵を覚えたのである。今もしも、アオの両目がしっかりと揃った状態だったとしたら。きっと仗助はアオから離れられないほどその姿に魅了されてしまっていただろう。
「さて、俺のお話はこのくらいでいいだろう。湯が冷めちまったな。追い炊きするぜ。」
寄りかかっていたバスタブから身を離し、アオは脱ぎ捨てたタートルネックを拾い上げて、脱衣所に置いてある白い洗濯カゴの中に放り捨てるかのように投げ入れた。
「浴槽ん中見てみろ仗助。」
未だに少しばかり夢見心地気分の仗助にアオはバスタブの中を指さした。
「うお、すっげえもっこもこ!」
「俺のお気にの泡風呂。今暖かくしてやっから充分楽しめよな。」
あ、そうそう。と出かけたアオが顔だけにゅっと出した。仗助は何だか少しだけ胸騒ぎのようなものを感じた。嫌なことを言われるような気持ちだ。なぜならアオが艶やかな笑みを浮かべていたからだ。美しくあるのに何処か皮肉気なその笑みを崩すことなくアオは
「俺の唇のお値段は少しお高めだぜ、仗助?」
揶揄うようにその指先で自分の唇をなぞって磨りガラスの向こう側に消えていったのである。それを理解した仗助が赤くなる頃には、バスタブの中の湯はすっかり温まっていた。
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作者名:伊達狐 | 作成日時:2019年2月2日 23時