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藤宮まなかはもともと、佐野真一郎の女だった。
何を思ってかは知らないが、たった一度だけ施設に彼女を連れてきたことがあった。彼女とのデートは忘れてたのに、俺に会いにここに来る用事は覚えていたと聞いてすこし嬉しかった。
この後そのままデートする、と恥ずかしそうにはにかんで頬を掻く佐野真一郎を見てなぜか、素直に、羨ましいと思った。
今思えば母親からの愛が足りてなかったから、無意識に女という存在に甘えていたんだと思う。
一言で言うなら喧嘩のけの字も知らなさそうな穏やかなヤツ。
藤宮まなかはそんな女だった。頭ん中花畑かよってくらい。
なんで黒龍の初代総長たる男がこんな平和ボケしたフツーの女と付き合ってるのか分からなかった。特に喧嘩が強いわけでも、口が立つわけでもないのに。
でも次第にその謎は、霧が晴れていくように解っていった。
こいつには人を惹きつける才能がある。
佐野真一郎はきっとそこに惹かれたのかもしれない。
マイキーがこの女に懐いてる理由の1つも、それかもしれない。
年少を出てすぐ、俺は案外はやくに藤宮まなかと再開した。
佐野真一郎がバイクを直すその傍で同じ視線の先を追ってた。やっぱり、羨ましいと思った。
あの頃から女とした漠然とした理由ではなく、藤宮まなか、という存在自体に、憧れにもよく似た、執着心を抱くようになっていた。
だから、藤宮まなかを自分のものにしたいと思った。
自分の手で、壊してやりたいと、思った。
どくどくと体温と一緒に流れていく血溜まりの中でそっと考えた。隣にいる鶴蝶の声はもうほとんど聞こえない。
『イ、イザナ…いくらなんでもこれは』そんなことを言う鶴蝶は黙らせた。反対する天竺のヤツらも、もうそんな口が聞けないように殴りつけた。
パニックで泣きじゃくるマナカは舌を切って黙らせた。
腹にも、もう一発。加減をしたつもりだったけど、暫くマナカには青紫の痣が残った。
俺の知っているマナカはそんなガキみたいなことはしねえ。
聖母よろしくニコニコして、
俺の全てを認めてくれて、
優しくて、
それで、それで。
『…イザナ』
…ああ、幻聴か。聞こえるはずのないマナカの声に、ふと意識が浮上した。
イザナ。よびすて。
涙でぼやけた視界に、アジトに置いてきたはずのマナカが見える。隣の鶴蝶が『おれが、呼んだんだ』と息も絶え絶えながらに呟く。
『…なんで、きたんだ。そのまま、おれのまえからきえてくれれば』
諦められたのに。
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作者名:亜秀 | 作成日時:2022年2月6日 20時