君以外もう知らなくていい 4

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「父さんには上手いこと言っておくわ」


そう言うと母さんは伝票を取って店を出ていった。泣きそうになってることに気付かれたのかもしれない。




「何かあったら、いえ何もなくても、誰かにいて欲しいって思った時はいつでも呼んでください！」


前と違って嫌なしつこさもないし、無理に食事に誘ってくることもない。健気だとも思うし、嫌いではなくなってる。多分。


「そんな時ないから。じゃ」


だが後ろ手を振って家に帰る。



このまま麻衣子さんが俺を想い続けたら、好きになったりするのだろうかと思う。

麻衣子さんじゃなくても、宏光以外の誰かを好きになる日が来るのだろうか。



水を飲もうとして、冷蔵に張り付いたフウセンウオのマグネットが目に入った。


他の人を好きになる未来を想像しようとして、出来ない自分がいる。

宏光がいたから乗り越えられてきた。本人はそんなことないだろって笑うだろうけど。


俺の根本はきっと変わってなくて、宏光がいたから辛くても諦めないでいられた。
仕事とプライベートは分けろって怒られるかもしれないけど、そもそも宏光にファッションを楽しんで欲しいってところから始まったんだから仕方ない。

でもきっと宏光は、こんなこと言っても「そんなこと言ってないで頑張れ」って笑ってくれる気がする。


俺らしくいられる場所なんて探してなかったけど、宏光の隣がそうだったんだって今になって分かった。



ガヤの隣に立ってたって、大好き以外見つからない。


宏光の家で、抹茶みたいなお茶を飲んで今日あったことを話したい。



人は星の数ほどいるらしいけど、選べるくらい恋なんて転がってないんだ。



今日のことを何年かあと、笑う日が来るかもしれない。だけど今の俺は宏光以外もう知らなくていい。





ずっと宏光だけでいい。






マグネットを掴むと、声を上げて泣いた。
　
　

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