星月夜 2

75 F ページ25

　
　
　
「……っ、……はぁ」


北山が玄関を出ると、俺はその場にしゃがみ込んだ。

自分の体が熱を持っているのが分かる。


顔を近付けると微かに震えた体。

あの日の記憶が怖がらせているのかもしれないと慌てて離れたが、本当はすぐにでも匂いを嗅ぎたくて仕方なかった。

近付いて嗅いだ匂いは甘く、腹の下がじわりと熱くなる。途中、体温が上昇したのか匂いも強くなっていくから、傷痕の痛みもじりりと増した。

もっと鼻を押し付けて匂いを嗅ぎたかったが、強張る体に何とか押し止める。


赤い顔で視線を逸らす姿に胸が堪らなくざわめいて、あの日のようなキスがしたいと思った。

だが北山に記憶はないし、そんなことをすればあのスタッフの男と同じになってしまうと耐えた。


玄関に立つ姿に早く帰って欲しいような、このままいて欲しいような気持ちになりながら見送るとおやすみと言われた。
きっと言われたことだってあるのに、何故か胸がきゅっと締め付けられるような気分になる。



北山からあの匂いがし始めてから、俺はおかしい。

おかしくなると分かっているのに、近づきたくて仕方なくなる。



泣かせてしまったあの日、咄嗟に帰ろうとする北山を引き止めた。

自分でも何故引き止めてしまったのか分からなくて、何か言わなければと匂いのことを口にした。きっとどうしようもないことだって分かってたのに、謝るだけの北山に苛々して自分勝手に傷付けた。

後から考えれば、あの甘い匂いをまき散らす北山に堪らなく不安を感じていたんだと思う。

ただでさえ傷付いている北山を更に傷付けてしまった自分が許せなくて、謝りに向かった。


寝ているかもしれないと思いながらノックしたドアの先、玉森が出てきた時に感じた想いは戸惑い以上に怒りだった。

何故いるのか理由を聞けば北山と一緒に寝るといい、それが更に俺の怒りを増長した。

自分でも意味の分からない不快感に詰め寄ると、北山が俺になんて相談するわけないと突っぱねられる。

自分でもそう思っていたのに、はっきり突き付けられると驚くほど胸が痛んだ。


言う言葉が見つからなくて黙った俺に、玉森は自分も北山に聞いたわけじゃないと気まずそうに教えてくれた。

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