星月夜 1

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何とか撮影を終え、藤ヶ谷のずっと後ろを歩く。

今戻ったら二人きりかもしれないと喫煙所に行こうとすると、楽屋のドアを開けた藤ヶ谷に名前を呼ばれた。


「なに？」
「ちょっと」


何を言われるのか見当もつかないが、良い予感は全くしない。

楽屋に入ると案の定二人きりで、緊張が走る。


「……お前の香水、なに？」
「香水？」


言われている意味がよく分からなくて首を傾げる。


すると藤ヶ谷がイラっとした顔で、俺の首を人差し指で指す。


「いつもと違うだろ。何か変な匂いがする」


今日は香水も付けていないし、新月だから匂いも出ていないはずだ。


「や、何にも付けてないけど……」
「はあ？ そんなわけないだろ」
「そんなこと言われても、付けてないものは付けてないし」


強い口調に怖気づきそうになるが、身に覚えがないのだから仕方ない。


「だってそんな……」


藤ヶ谷と壁に挟まれ、ぶつぶつ言い始める姿を戸惑いながら見上げているとドアが開いた。


「なにやってんの？」


藤ヶ谷と俺の間に入るように近づいてきた玉森が、笑顔で聞いてくる。


「たま、北山から何か匂わないか？」


どう言えばいいのか分からず黙っていると、藤ヶ谷が真剣な顔をしながら口を開いた。


「ミツから？ んー、特に匂わないけど」


玉森は俺の首元に顔を近づけ、くんくんと匂う。

あまりの近さに首を竦めると、玉森は気付いてふふと柔らかく笑った。


「ほんとに？ なんかいつもと違う匂いしない？」
「うん、何にも匂わない」


玉森の返事を聞き、藤ヶ谷は複雑な顔をした。

きっと本当に何かしらの匂いがしたんだろうが、俺には分からないそれが不安にさせる。


「たまー！ 言ってたお茶どこにもないんだけど」


言いながら入って来た宮田は三人が固まっているのを見て、あれ？ という顔をした。


「え、なんかあった？」


伺うような笑顔に玉森がなんもない、と言って離れていく。


「前はあったんだけどなー。ほんとちゃんと探した？」
「探したって。奥の自販機まで行ったけどなかったもん」


二人の会話を聞きながらぼんやりしていると、藤ヶ谷が離れる気配がして視線を向ける。


難しそうな顔をして奥の椅子に座る姿を見つめながら、なんだかずっと藤ヶ谷のそういう顔しか見ていない気がした。

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